前々から書きたかった話が、京都の私設博物館の有鄰館とこの博物館が所蔵する中国皇帝の真珠の豪華な衣装についてである。有鄰館は京都岡崎の疎水沿いに立つ中国風の建物である。岡崎の疎水沿いは桜が見事で、私が大阪に暮らしていた時は、桜の季節に時々訪れる散策コースであった。いつも歩いていたコースなのにそこに中国美術の傑作が集まる博物館があることは長い間知らなかった。松月清郎氏の『真珠の博物誌』を読んで、是非一度行ってみたいと思っていたが、開館日が第一日曜日と第三日曜日の月に二日だけなので、ハードルが高くなかなか実現しなかった。しかし、昨年末についに行くことができた。
この博物館の特徴は靴を脱いで中に入ることである。緋毛氈(ひもうせん)の敷かれた階段を上っていくと、殷時代の饕餮文(とうてつもん)の青銅器や唐三彩などの美術品が陳列された独特の空間に誘われる。まるで中国の古い時代にタイムスリップしたような感覚になる。
その中に博物館によると清朝第六代皇帝乾隆帝の龍袍(りゅうほう)といわれている慶事の際の儀式用の衣服が展示されていた。袍は長い衣服のことで、龍袍とは龍がデザインされた袍のことである。展示品の龍袍は黄金色で、中央部分が青地になっており、その真ん中に白く大きな五爪の龍が正面向きで描かれている。五爪の龍は中国皇帝のシンボルである。大きな龍の下にはその龍を見つめるように二匹の五爪の白龍が置かれ、他の場所にも五爪の白龍が配されている。白龍の周りには鶴や金雲、蝙蝠などの吉祥文が飛び交うように描かれ、まさに衣装全体が皇帝の権威を象徴するデザインになっている。
興味深いのはこの白龍たちの白い胴体が、直径1ミリ前後のシードパールがびっしりと刺繍されてできていることである。龍の眼や鼻、口、それに胴体を縁取る部分には1ミリ前後の朱色珊瑚が使われている。博物館の説明によると、当時地中海でしか採れない淡水真珠2万個が使われたとあるが、この解説には少々疑問符が付く。1ミリ前後のシードパールはむしろアコヤ真珠の典型的な大きさなので、中国南部のトンキン湾の合浦や海南島で採れたアコヤ真珠ではないかと私自身は考えたくなる。
解説はともあれ、中国の貴重な龍袍の真珠をきわめて近い距離で眺められるのは感動的である。一般に真珠や宝石は大粒のものが好まれ、その由来などが話題になるが、小さい真珠でも質が同じで量がそろえば、見事な皇帝の権威になりえたのである。私は真珠が愛好された遠い清朝の宮廷に思いをはせながら、そこにあったのに長い間知らなかった博物館を後にしたのだった。
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パールワンダー8 ー京都の私設博物館にある中国皇帝の真珠の衣装