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コラム

保存科学の視点から ー 第13回 予防保存(4):水が関与する劣化現象 「凍結破砕」

aurora310

本コラムへの投稿、少し間が空いてしまいましたが、「予防保存(preventive conservation)」を連載しております。環境条件によっては、対象に対し長期的(徐々にgradually)あるいは短期的(急に suddenly)に劣化現象(deterioration effect)を引き起こすことがあります。前者は温湿度変化などが、後者は地震や火災などが該当します。予防保存はこれらを低減・削除して対象を守ろうとする活動で、このような環境管理の考え方は、文化遺産に限らず社会生活にとっても重要です。環境因子(risk)と影響(impact)との関係性を意識することにより、大切な人命や財産を守ることに繋がります。以下が10項目の劣化因子(CCI’S ten agents of deterioration)です。これらの因子が構造や材質に対しどのような影響を及ぼしたのかを評価(evaluate/assess)する方法も重要になります。

 

1.直接的に加わる物理的な力(摩擦、振動、圧力)
2.人災(盗難、ヴァンダリズム、無関心・放置・廃棄)
3.火災(放火、失火)
4.水(空気中の水蒸気、含有水分、土中・海水・河川)
5.有害生物(小動物、害虫、微生物など)
6.汚染物質(有害ガス、エアロゾルなど)
7.光(可視光・紫外線・赤外線)
8.不適切な温度(T)
9.不適切な相対湿度(RH)
10. 解離(資料の所在不明や固有情報・資料価値の喪失)

 

今回は、前回の「塩類風化」に引き続き、に注目し、「凍結破砕」をテーマに掲げます。真珠を冷凍環境に置くことは皆無と思いますが、水が絡む劣化現象の一つとして、ご理解いただけたらと思います。まず寒冷地の写真でこの現象をご紹介します。わが故郷、小樽の運河と赤レンガ倉庫群です。赤レンガは鉄分を含む不純な粘土,川砂等を混練し,プレス成形後1100℃前後で焼成して作られています。レンガは微細な孔を大量にもつ、比較的柔らかい素材ですから、水は容易に浸透することができ、毛細管現象で内部深くに到達します。
写真のような雪が積もり・氷結する季節には、零下の夜間にレンガも凍り、内部に応力が生じますが、昼間は気温が上がるため融解します。このように凍結-融解のサイクルが繰り返され、徐々に崩壊現象「凍結破砕」が進みます。寒冷地の野外に置かれた文化遺産で、石材、レンガ、漆喰などの岩石などの多孔質無機成分から成る遺産の多くは、この被害が発生します。また「凍上」(アイスレンズ、霜柱)として知られる、道路(アスファルト)、マンホール、水道栓、線路などが浮き上がってしまう寒冷地の被害は、水を含んだ表土が凍結して氷の層が発生しそれが分厚くなるために土壌が隆起する現象であり、凍結破砕と同種の原因です。

 

この写真は、山形県山形市の国重要文化財「元木の石鳥居」で、平安時代、今から1000年くらい前に建立されたといわれる石英粗面岩(凝灰岩)製の日本最古の石造鳥居です。山をご神体とする地域信仰の遺産であり、長くこの地を見守ってきましたが、半世紀前から風化・損傷が激しく、予防保存対策が検討されてきました。上の写真では、笠木が保温用藁むしろと防水カバーで覆われ、柱は袴が巻かれています。1990年代には、貫・笠木の両端や柱の下部では凍結破砕が進んでいて、雪解けの頃には剥がれ・割れた石が確認されることがありました。その後、東北芸工大や地域の方々の尽力もあって、下の写真のような環境計測が始まり、防水・防寒シートで完全に覆う処置が実施されました。しかし、各所の著しい損傷により危機感が増し、昨年度から修復計画に取り掛かっているとのことです。

 

寒冷地で土蔵の漆喰壁が割れて落下しているのを見かけますが、凍結破砕が原因の一つと考えられます。上の写真は山形県河北町の旧家ですが、化粧壁(漆喰)に水が浸透し、冬季~春季にかけて割れて落下し内部土壁の露出が確認されます。土蔵の壁は、柱以外は数層の土成分からできており、化粧壁・内部土壁の崩落が発生すれば修復が必要になります。その結果経済的に維持が困難になり、蔵を廃棄せざるをえない状況に陥ってしまう事例も散見されます。土蔵は、先祖から受け継がれた個人所有物を守る収蔵庫ですが、地元の歴史的な宝が遺っている場合も多く、蔵の保護は地域遺産の継承のためにきわめて重要です(松田・米村・鈴木、2006)。

 

実験室で図1のような土壁(三層構造の壁;砂を含む層の有無2種類)を作り、凍結破砕を再現したことがあります(鈴木・松田・米村、2010)。試料では毛細管現象で水が土層内部へ浸透・拡散した後、凍結・融解が繰り返されます。その結果、層を構成する土に混ぜた砂の有無が、漆喰化粧壁を破壊する「凍上現象」を緩和あるいは助長することがわかりました(図2では凍上が認められるが図3はない)。砂を混ぜることで、実験では上昇する水の浸透が低く拡散も少ないので、試料内部で氷が形成されにくいと考えられます(現場では屋根の積雪が溶けて壁へ降りてきても、壁内を通過・排水されて凍結が少ない)。やはり土壁の劣化は、壁内水の凍結破砕が主要な原因と示唆されました。

図1 土層・漆喰層による再現壁試料:容器下部に水を入れ、-10~+10℃を12時間おきに5サイクル実施

 

 

図2 試験結果(砂を含まない土層のみ):漆喰層に細かな亀裂が観察され、凍上により漆喰層が孕みを生じ、一部崩落した。凍結・融解サイクル数が増えれば劣化が著しくなった。

 

 

図3 試験結果(砂を含む土層):漆喰層に亀裂は観察されず、層に孕みがなく、大きな劣化は認められない。

 

この実験結果から、土壁の塗り替えの際の修復材料として、基層に砂を混ぜることが効果的であることもわかりました。

凍結破砕は、1)物質の空隙率が高く、2)水分供給があり、3)寒冷度(「凍結‐融解サイクル」+4℃以上から-4℃以下への気温変化の出現頻度)が高い、の三条件が揃っている場合に発生し,材質劣化の原因となります。野外文化遺産の保護においては水への関心が不可欠です。近年の地球温暖化による気候変動が顕著になった結果冬季の降雪地が拡がっており、地球上の多くの地域で凍結破砕や凍上現象に留意する必要があります。

 

引用文献
松田泰典・米村祥央・鈴木雄太:「漆喰壁土蔵の保存環境と劣化状況の調査~山形県河北町を例にして~」、平成17年度東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター研究報告書、67-72(2006)
鈴木雄太・松田泰典・米村祥央:「寒冷地における漆喰壁土蔵の劣化機構と保存対策(1)-漆喰壁土蔵の保存状態調査と凍結-融解サイクルによる劣化促進実験」、考古学と自然科学60、83-98(2010)