レポート

光の干渉を起こさない真珠層のメカニズムについての考察 ー 2011年宝石学会発表

真珠を切断し、真珠層の断面を電子顕微鏡で拡大すると層状の構造になっていることが確認できる。この層状の構造はアラゴナイトの結晶とタンパク質の膜が交互に積み重なって構築されているもので、真珠層構造と呼ばれている。このような構造をしているため真珠層内に入射した光は干渉を起こし、透過あるいは反射の干渉色として現れる。しかし、中には真珠層構造をしているにも関わらず、干渉色が現れない真珠や貝殻がある。今回の発表では以下の3種の事例について、干渉色が現れない原因を調べた。

 

①イケチョウガイ貝殻に見られる白濁した部分
イケチョウガイ貝殻の内側を観察すると干渉色が現れる部分と、白濁して干渉色が現れない部分がある(図1)。これらの部分を切り出しその断面を電子顕微鏡で観察した。その結果、干渉色が現れる部分では結晶層の厚さが約340nmであるのに対し、白濁して干渉色が現れない部分では約1250nmと非常に厚い構造をしていることが確認できた。干渉色が現れるには結晶層の厚さが可視光レベルにあることが必要となる。参考として干渉色が現れる真珠では、結晶層の厚さは約300~500nmとなっている。このことからイケチョウガイ貝殻の白濁部分は、結晶層の厚さが可視光レベルあらず干渉色が現れないのである。

図1 イケチョウガイ貝殻

 

②帯状白濁層が見られるアコヤ真珠
この試料は浜揚げ珠の中から発見され、真珠に帯状の白濁した層が一周取り巻いておりそれ以外の部分は真珠光沢が見られるものである(図2)。この真珠を切断し、白濁した部分とそれ以外の部分の真珠層断面をそれぞれ電子顕微鏡にて観察した。白濁していない部分ではきれいな層状構造が確認できた。一方、白濁した部分では結晶層に沿って異常な層が連続して発生していることが確認できた(図3)。このことから、真珠層内に入射した光はこの異常な層の部分で拡散してしまい、その結果白濁して見えると考えられる。

図2 帯状の白濁層があるアコヤ真珠

図3 図4真珠の白濁層部の断面電子顕微鏡画像

また、このような異常な層がいつごろ形成され、どのような異常なのかを考察してみた。まず発生は真珠形成初期の頃に見られ、そこから異常な層と正常な層の分泌がある程度周期的に繰り返されていた。また異常な層を拡大すると、同じ層の中に垂直方向の隙間がいくつも発生していた。この隙間であるが、実際には隙間ではない可能性が考えられる。なぜなら電子顕微鏡で真珠層を観察する際、結晶層を観察しやすくするためにアルカリ性溶液にて結晶層間にあるタンパク質の膜を溶かす処理を行うからである。その確認のためアルカリ性溶液で処理をせずに観察したところ、異常な層の部分は隙間ではないことが確認された。このことから、タンパク質の膜である結晶間基質の異常形成により、このような層が形成されたと考えられる。

 

③光沢はあるが反射の干渉色が現れないホワイト系のクロチョウ真珠
この試料の特徴は、灰色味を帯びた白色のクロチョウ真珠であり、表面の光沢は見られるが、反射の干渉色が全く現れないことである(図4)。この真珠を切断し真珠層断面を電子顕微鏡で観察したところ、結晶層の面が平らでなくいことや、非常に多くの亀裂が見られること、また結晶層が整然と積み重なっていない部分があることなどが確認できた(図5)。このことから、入射した光がこれらの部分で様々な方向に屈折・反射し、あるいは拡散してしまい干渉が起こらないと考えられる。

図4 干渉色の現れない白色クロチョウ真珠

図5 図4真珠の断面電子顕微鏡画像

この真珠についてもアコヤ真珠と同様にいつごろ形成され、どのような異常なのかを考察した。まずこのような層の発生であるが、真珠形成開始時点から確認された。また、真珠形成開始部分から表面まで全てに渡って発生が見られた無数の亀裂が、真珠表面ではどのようになっているかを観察した。その結果、結晶の大きさが正常な真珠と比較して非常に小さく、結晶間に細かい隙間が空いた状態であることが確認できた。このような状態であるが、結晶の成長を決定する因子が何かしらの原因により抑制され、その影響で結晶が一定の大きさまで成長できずに形成された可能性が考えられる。