レポート

アコヤ貝の閉殻筋(貝柱)に宿る輝層真珠(Hinde Pearl or Muscle pearl)の観察 ー 2011年宝石学会発表

アコヤ真珠には通常とは異なる光沢をもつ真珠が確認されており、『シンダマ』、『ザラダマ』などと呼ばれていました。近年になり研究者達はこれを『輝層真珠』と定義づけました。この『輝層真珠』は過去のさまざまな文献で紹介されていますが、その存在はあまり知られていません。今回、改めて輝層真珠の確認と観察を行ったので報告いたします。

 

アコヤ貝の貝殻は部位により、稜柱層や真珠層など構造の異なった炭酸カルシウムの結晶で構成されています。輝層は、貝殻内側の閉殻筋(貝柱)痕部分に存在する柱状の構造をした層です(図1)。そのため、この部分の表面を顕微鏡で拡大すると、真珠層の表面に見られる指紋のような成長模様ではなく、網目のような模様が確認できます(図2)。また、この貝殻を切断しその破断面を観察することで、輝層が柱状構造をしていることが確認できます(図3)。
  
図1 アコヤガイ貝殻内側の閉殻筋痕(矢印) 図2 閉殻筋痕の電子顕微鏡画像(3000倍)

図3 貝殻断面の電子顕微鏡画像(500倍)

 

輝層真珠はこの貝殻の輝層部分と同じ構造をもった真珠のことです。過去の文献によれば、外套膜の上皮細胞が何らかの刺激により微細な石灰質を包んで生じたものが閉殻筋に移動してできたものであることなど、閉殻筋に形成された小真珠群であると書かれています。また、通常の真珠のように中心に対して同心円状の構造をしているのではなく、放射状の構造をしているとも書かれています。
実際に浜揚げの現場では、閉殻筋の中にケシ粒のような真珠が出来ていることもあり、この真珠が輝層真珠であると推定されます。これらのことから、浜揚げの際に回収したアコヤケシ(図4)の中に輝層真珠が混在している可能性があると考え、大量のアコヤケシの中から、真珠の表面に成長模様が確認できない珠を選別し、その観察を行いました(図5)。

  

図4 アコヤケシ               図5 成長模様の確認できないアコヤケシ

 

まず、選別した真珠の表面を1000倍に拡大して観察したところ、部分的に通常の真珠とは明らかに異なった構造が確認されました(図6)。次にこの真珠を切断して破断面を観察したところ、一部の結晶が柱状構造であることが確認されました(図7)。さらに文献にあった放射状の構造らしき部分も確認することができました(図8)。

図6 真珠層の成長模様とは異なる表面模様の箇所の拡大

図7 図6の箇所の断面

図8 一部の放射状の構造

 

しかし、柱状構造は稜柱層にも見られる構造であるため、この構造だけでは輝層であると判断することはできません。そこで貝殻の稜柱層部分と輝層部分を比較し、両者にどのような違いがあるか調べました。稜柱層では柱状の結晶の大きさが非常に大きく、結晶に横縞の溝が存在していました(図9)。一方、輝層では結晶の大きさが稜柱層と比較して非常に小さく、横縞の溝も確認することができませんでした。観察試料に見られた柱状構造は、稜柱層とは大きさや外観が明らかに異なったものであるため、稜柱層ではないと考えられます。

図9 稜柱構造(上部)の断面拡大画像(1300倍)

 

さらに別の角度から分析を行いました。稜柱層と輝層は、成分は同じ炭酸カルシウムであっても結晶系の異なるカルサイトとアラゴナイトでそれぞれ構成されていることが確認されています。そこで物質同定に利用されるラマン分光によって分析を行い、試料に確認された柱状構造がアラゴナイトであるか確認を行いました。その結果、試料の柱状構造はアラゴナイトとピークが一致したため、アラゴナイトであることが確認されました。(図10)


図10 ケシの柱状構造部のラマン分光結果

 

今回の試料は、結晶がアラゴナイトの柱状構造であることと、文献にあった放射状構造が確認出来たことから、部分的に輝層真珠であると推定されます。この真珠は、閉殻筋に真珠袋が形成されてできた真珠の一種と考えられ、特に“砂ケシ”と呼ばれる真珠に混ざっている可能性が考えられます。しかし、その判別は真珠の表面を丁寧に拡大観察することで可能な場合があるぐらいの微妙なものであり、色や外観だけでは判別が難しいものです。