1.はじめに
真珠のテリに最も影響を与える部位に関しては、表層30μm※1、表層70μm※2などの報告がある。また、浜揚げ前2か月で50μmほどの真珠層が形成される※3という報告がある。しかし、貝や環境は変化しており、テリのメカニズム解明のためには新たなデータが必要である。今回、いくつかの基礎実験とその検証を行い、また、その分析方法を検討した。
※1 「真珠形成機構の生鉱物学的研究」和田浩爾、国立真珠研究所報告8,948-1059,1962
※2 「真珠の層状構造とiridescenceについて」内田洋一、上田正康、生理生態1-3,171-177,1947
※3 「テトラサイクリンの使用による真珠層の成長度の測定」中原晧、
国立真珠研究所報告 No.6,1961
2.真珠のテリと結晶層
真珠のテリの強弱を決定する要因として、次の3つの結晶層の積層状態が考えられる。
①層の乱れ、癒着、不整層などが存在すると、真珠に入った光が散乱し、テリが弱くなる※4。
②層の厚さが不均一である場合、干渉色は打ち消し合い、発現する干渉色が弱くなる※5。
③結晶層の厚さが0.5μm以上のとき、干渉色、輝度は共に弱くなる※6。
※4 「真珠のテリの成因と真珠層構造の相関について」小松 博、矢崎 純子、宝石学会誌 Vol.24,No.1-4,2004
※5 「真珠のテリと結晶層の相関に関する研究」田中 宏樹、矢崎 純子、小松 博、2009年宝石学会発表
※6 真珠に発現する反射の干渉色は次の式で表すことができる。
nλ=2dμcosθ
λ:強められる波長、n:次数、d:結晶層の厚さ、μ:屈折率(アラゴナイトは1.68)、θ:屈折角
結晶層の厚さdが0.5μm以上になると、次数nは3以上となる。次数が大きくなると発現する干渉色の鮮やかさは低くなる。
また、一定の厚さにおける結晶層の枚数は少なくなり、各層で反射する光が弱く、輝度が低くなる。(図1)
図1 左より結晶層の厚さが、0.18,0.38,0.50μmの真珠
(干渉の次数はそれぞれ、1,2,3次)
3.方法と結果
今回、浜揚げ前に、貝の活力を上げる薬剤を用いた薬浴(2011~2013年)を行った母貝と行なわなかった母貝から産出された真珠のテリを比較するなどの実験を行い、それらの実験がテリに及ぼす影響を分析した。
テリ分析は、4段階のマスターパールによる評価(図2)※7、本年度は輝度測定(図3)※8と昨年完成した干渉色分析システム(図4)※9による評価を行った。
図2 拡散光源に密着させたマスターパール
図3 輝度測定 真珠に映る光源の輝度(上)より、輝度値(Y)と半値幅(W)を測定する
図4 干渉色分析 拡散光源に接触させた真珠の画像を下半球(反射の干渉色)と上半球(透過の干渉色)の周縁部、中心部に分割し、各々色相、彩度、明度より数値を算出する。
※7 「アコヤ真珠のグレーディングについて、その実践的手法の現状と課題」2012年宝石学会発表
阿倍 有圭子、横瀬 ちひろ、小松 博
※8 「アコヤ真珠のテリについての①目視評価②反射干渉光 評価③光輝値測定の比較研究」2010年宝石学会発表
田中 宏樹、横瀬 ちひろ、矢崎 純子
※9 「表面に現れる干渉色の色彩分析による新たなテリの強度測定についてのアコヤ真珠での試み」2014年宝石学会発表
小松 博、鈴木 千代子、矢崎 純子
2011年の浜揚げ前の薬浴実験では、2か月前に薬浴した真珠の評価は、薬浴を行わなかった真珠よりも1~3割高い値であった。また、翌年の1か月前の薬浴では、行わなかった真珠と評価の平均値はほとんど違いが見られなかったが、テリの強い真珠の出現率は薬浴真珠が高い値であった。しかし、2013年の再現実験では、大きな違いは確認できなかった。その年の養殖状況や環境の影響なども考えられ、また結晶層観察など分析方法の検討も必要であることがわかった。
その他の実験において、浜揚げ前のいくつかの作業と産出された真珠のテリの強弱の相関がある程度確認された。
4.まとめ
浜揚げ前の薬浴などで産出される真珠のテリに違いが出ること、養殖中の作業がテリの強弱の要因である結晶層の積層状態に影響を及ぼすことが確認できた。また、テリの評価に関して、機器分析は有効であり、結晶層の分析と共に行うことで、より詳細な分析ができると考えられる。
結晶層の状態とテリの相関などの分析を進め、テリの良い真珠をより多く産出する方法の実験、検証をさらに行っていく必要がある。