真珠の漂白は主にアコヤ真珠において、核と真珠層の境界部に形成された有機物の色を除去するために行われるものであり、真珠層に含まれる色素を変化させる目的で行われるものではない。また、アコヤガイやシロチョウガイに含まれる黄色系、クロチョウガイ含まれる緑褐色系や赤褐色系などの色素は、年月の経過や温湿度などの環境要因により影響を受けにくいものであり、その色素自体を変化させるような処理は難しいと考えられていた。そのため真珠の色調の改変は、染料や放射線等により本来真珠が持つ色に別の色を加えることが一般的である。
しかし最近になって漂白により真珠層の色調を変化させたといわれる黄色がかった緑色の色調を持つクロチョウ真珠が出現した(図1)。
図1 漂白されたといわれるクロチョウ真珠
この真珠の表面を拡大検査したところ、染料等による着色の痕跡は確認できなかった。また、反射分光測定では、700nm付近の吸収がはっきりと確認できたことからクロチョウガイ産出の真珠であることは明らかであるが、一方で400NM付近に現れる吸収がはっきりせず長波長側にずれているという特徴も確認できた(図2)。このような本来の特徴とやや異なる点があることから、この真珠の色調はクロチョウガイ本来のものではなく、何かしらの処理がされている可能性が考えられる。
図2 図1の真珠の反射分光スペクトルパターン
次にこの真珠を切断して薄片にして観察した。これまで無孔の状態で着色した真珠を観察した事例では、真珠層表層部のみ染料等により濃く染まっていることが確認できた(図3)。しかし、当該真珠においては真珠層表層部が濃く染まっていることは確認できなかった(図4)。
図3 真珠層表層部に残る着色の痕跡
図4 漂白と言われるクロチョウ真珠の断面
以上のことから、色を加える処理とは違う何かしらの処理により真珠の色調が改変されたと考えられるが、確認された特徴からはその処理方法が漂白であると断定することはできない。
そこでクロチョウガイ貝殻および真珠を実際に漂白し、色調あるいは特徴にどのような変化が現れるか実験を行った。試料にはクロチョウガイの代表的な色と考えられている緑系と赤系の色調が強く現れているものをそれぞれ用意した(図5)。また色調が異なる試料を選出することで、色素による色の変化の違いの確認も試みた。
図5 実験で使用した試料
漂白は一般にアコヤ真珠で行われる方法を基に、過酸化水素水を水、メタノールそれぞれと混合した溶液を作成し、約8週間蛍光灯の光を照射しながら溶液に浸漬させることで行った。また、溶液はアコヤ真珠の漂白と比較して変化が顕著に出現しないことを想定し、濃度を約2倍にしたものを使用した。
漂白の結果は以下の通りである。
①外観について
貝殻では特に変化が確認できなかった。一方、真珠では表面に露出した異質層(主に稜柱層)が褐色から白色に変化し、また真珠層においてもやや色調が明るくなることが確認できた(図6)。
図6 異質層の色調が変化した真珠
②紫外線照射による蛍光の変化について
貝殻において特に変化が確認できなかった。真珠では異質層の部分のみ傾向が黄色から青白色に変化することが確認できた(図7)。
図7 異質層の蛍光が変化した真珠
③分光反射率の変化について
貝殻と真珠両方において漂白前に確認できた280nm付近の吸収が減少あるいは消失することが確認できた。また貝殻では反射率が漂白後においてやや減少する傾向があったものの、真珠では逆に反射率が上昇する傾向にあった(図8)。
図8 漂白前後の分光スペクトル
以上の結果より、分光反射率の測定において、漂白前後で280nmの吸収の減少あるいは消失が確認された。また貝殻および真珠ではそれぞれ分光反射率の変化がわずかに確認できた。しかし真珠で確認できた反射率の上昇については、核と真珠層の境界部に異質層が存在しており、真珠を半分に切断して漂白を行ったことで異質層が漂白され下地となっていた色が薄くなることで、色調が明るく見えるようになったとも考えられる。そのため、今回の実験からはクロチョウ真珠の真珠層に含まれる色素が漂白されたとは言い切れない。また、試料に含まれる色素による変化の違いについては特に確認できなかった。
以上のことから、アコヤ真珠で行われる漂白方法ではクロチョウガイに含まれる色素を変化させることは難しいと考えられる。したがって漂白によりクロチョウガイ産出の真珠の色調を改変させるにはアコヤ真珠の漂白とは異なった方法が行われていると考えられる。