レポート

「真珠に起こる劣化現象のメカニズム  ― タンパク質の劣化から起こる真珠の劣化現象」-2017年宝石学会発表

1.はじめに
真珠は環境により表面溶解、加工キズ、層われ・核われ、稜柱層起因のわれ、褪色・変色などの劣化現象を起こすことが知られている。これらの劣化現象は加工時の溶液に浸漬、加熱乾燥などの負荷、使用環境や稜柱層の有無、タンパク質の変性・変質によって引き起こされる。真珠層は炭酸カルシウムとタンパク質から形成される多層薄膜構造であり、タンパク質の変性は真珠の物性などに大きな影響を与える。
今回ほとんどの珠にひびを有するシロチョウ真珠(図1)を入手した。一般にシロチョウ真珠はホワイト系アコヤ真珠とは異なり漂白などは行われないと言われている。しかしながらこのようなひびが見られたということは何かしらの処理がされているということが考えられる。そこでひびを観察・分析し、その成因とメカニズムを考察することを目的とした。方法として目視観察、顕微鏡観察を行い、さらに劣化促進試験、再現実験を試みた。

図1)ひびの確認できるシロチョウ真珠

 

2.結果
1)外観観察
真珠の内部に存在するひびは通常肉眼では見えにくい(図2)。そのため強い光をあて真珠の内部を観察するのに適しているサーチライト法で観察した。今回の試料では程度が異なるひびが見られた。軽度のひびは白く細い線が存在しており、数も多くない。重度になると明瞭な白い線が広範囲で観察されるようになり、複数のひびが繋がっているように観察できる部分も存在する(図3)。またひびの起点は異質層が起点となってひびが広がっている珠と、そのような起点が見られない珠とがあった。さらにひびの広がり方に規則性はみられなかった。これらのことからひびの劣化の進行は、初めは白く細い線が発達が進むにつれ数が増え、明瞭化していくことが考えられた。

図2)蛍光灯下で見たときのひびの写真(左)と

サーチライト法によるひびの写真(右)

 

図3)軽度のひび(左)と重度のひび(右)

 

2)薄片試料による断面観察
目視によって分類したひびの程度が異なるサンプルを用いて薄片を作成し、観察を行った。全てのサンプルに共通して真珠層と垂直方向の亀裂が確認できた(図4)。外観観察で確認できた白い線はこの亀裂によって入った光が散乱して見えると考えられる。さらに薄片において確認できるひびの数と長さを調べると程度が進むにつれて確認できる亀裂の数と長さが増える傾向が見られた。目視観察と同様にひびは垂直方向の亀裂の数(密度)と長さが増えていくことで発達していく事が示唆された。今回のサンプルではこれらの亀裂が表層部のみにみられ、中層や深層には見られなかった。このことから表層部において歪の蓄積が起き、タンパク質の劣化等によって真珠層が脆弱化した部分から亀裂が発生したのではないかと考えられる。

図4)ひびの薄面写真

 

3)劣化促進試験
温湿度変化による「ひび」の劣化促進試験を行った。湿度に関しては密閉容器の中を乾燥(10%RH)・湿潤(90%RH)環境にした条件と乾燥・湿潤環境を24時間ごとに変化させた条件で7週間行った。温度に関しては60℃と5℃を24時間サイクルで実験を行った。図5に示すように乾燥環境下ではひびが明瞭に見える傾向が見られたが、大きな変化はみられなかった。湿潤環境下の真珠はひびが不明瞭になったが、一晩室内に静置させると不明瞭であったひびが再び観察できる特徴がみられた。このことは真珠層内に形成された亀裂の間に水分が入り込み屈折率の変化が要因ではないかということが考えられる。また温度や湿度の変化による実験では共にひびが明瞭に見える傾向が見られた。このことから温湿度の変化によってひびの劣化は進行することがわかった。

図5)劣化加速試験によるひびの変化

 

4)再現実験
薄片観察より歪の蓄積による亀裂の発生は、表層部付近のみという点から温湿度や溶剤などによる外部環境の急激な変化が要因ではないかということが考えられた。そこで疎水性溶剤を用いた急激な乾燥から湿潤への湿度変化による再現実験と、高速流動バレルを用いた急激な高温(60~70℃)から低温(5℃)の温度変化による再現実験を試みたがどちらの実験もひびは確認されなかった。このような劣化が見られるのはかなり過酷な条件に曝されたなどの可能性が考えられる。

3.まとめ
以上のことからひびは真珠層と垂直方向の亀裂が原因で入ってきた光が散乱することで見えるということが分かった。そのメカニズムについては、①歪の発生・蓄積によって表層部が脆弱化する②何らかの要因で小さな亀裂が発生する③それらの亀裂が真珠の膨張・収縮によって発達するということが考えられた。ひびは湿度・温度、溶剤などの外部環境の急激な変化が要因として考えられたが、今後も再現実験を行いひびを発生させる要因について調べていきたい。劣化促進試験においては劣化の進行がみられたが変化が軽微であったため、長期保存の観点から継続して観察をしていく必要性があると考えられた。
ひびは一度入ると修復は困難である。真珠の内部を観察し、これらの劣化が見られない事を確認すること、保管の際には温度や湿度を一定にして管理することが大切である。