螺鈿は主に真珠層を持つ貝を使用した細工品で、文化財にも多く見られる。正倉院宝物の螺鈿では、貝種の判別は目視で行われているとの報告※1,2がある。本研究では、まずヤコウガイ、アワビの貝殻構造を観察し特徴化すること、貝殻片の目視での特徴とその発現要因の分析、紫外可視分光光度計による分析を目的とした。貝殻の構造は、螺鈿で多く使われるヤコウガイ(Turbo marmaratus、リュウテン科)、アワビ(Haliotis、ミミガイ科)と、対照としてシロチョウガイ(Pinctada maxima、ウグイスガイ科)を試料(図1)として観察分析した。
図1 観察試料
図2 左:巻貝真珠層構造 右:二枚貝真珠層構造
貝殻の構造は、18種※3に分類されており、その中で巻貝の真珠層は柱状真珠構造、二枚貝の真珠層はシート状真珠構造(図2)であることがわかっている※4。ヤコウガイ貝殻を一定間隔で切り出した試料(図3)の内面は乳白色で、殻口から中央程度まで干渉色が観察されるが、貝殻内部では見られない。断面(図4)では、外側の稜柱層と中央部の真珠層、内側に白色の柱状構造があり、貝殻内部は白色部が厚く0.5mm以上あり、内側の白色部の厚さが干渉色の見え方に影響することが推定できた。アワビ貝殻は、観察箇所による違いは見られず、断面では外側に稜柱層、中央に真珠層、貝殻内面に10μmほどの柱状構造が観察された。シロチョウガイは外側に稜柱層、内側に真珠層があり、貝柱のあった箇所は光輝構造である。これらの構造を踏まえ、各貝殻片の内側の柱状構造を削り取り、真珠層を観察した。光学顕微鏡100倍で偏光観察(図5)すると、巻貝であるヤコウガイ、アワビは結晶の粒が、二枚貝であるシロチョウガイでは積み重なる結晶層模様が観察された。次に、タンパク質シートを観察するため、貝殻片の断面を酸エッチングすると、巻貝では縦のシートが上に繋がっており(図6)、柱状真珠層構造が確認できた。したがって、貝殻を割った断面(図7)では、この構造が観察でき、貝殻片の表面拡大、断面を観察することで巻貝、二枚貝の分類は可能である。
図3 ヤコウガイ貝殻
図4 ヤコウガイ貝殻断面
図5 左:ヤコウガイ表面拡大 右:シロチョウガイ表面拡大
図6 ヤコウガイ断面酸エッチング(電子顕微鏡画像)
図7 左:ヤコウガイ破断面 右:シロチョウガイ破断面
ヤコウガイ、アワビの真珠層部の薄片(図8)では、ヤコウガイはゆるやかに湾曲して見え、アワビは波打ったように見える。この薄片の断面を観察すると、ヤコウガイでは表面に対し結晶層の向きがゆるやかに変わっているが、アワビでは様々に変わっており、薄片の見え方はこの結晶層の向きによると考えられる。また、この薄片の紫外可視分光反射率曲線(図9)では、ヤコウガイは結晶層薄膜の干渉によると考えられる波が測定され、アワビでは波は小さく平坦であった。
図8 左2個:アワビ貝殻薄片 右2個:ヤコウガイ貝殻薄片
図9 薄片分光反射曲線
次に、実際に螺鈿に使用する螺鈿素材貝片15個について、観察した(図10)。表面拡大観察から巻貝、二枚貝の分類ができ、目視観察でヤコウガイ、アワビの特徴が観察できた。紫外可視分光反射率測定では、400~900nmで干渉色の波が3つ、2つ、1つとパターンがあり、アワビは産地により異なった。
図10 螺鈿材料
今回の観察分析では、各貝殻の特徴を分類し、巻貝、二枚貝の特徴をまとめた。また真珠層部薄片の見え方は、結晶層の向きによることが推定でき、螺鈿素材貝殻片においても観察できた。分光反射率曲線は、真珠層薄片でのヤコウガイ、アワビの違いが素材貝殻片では確認できず、いくつかのパターンとして測定された。貝種判別法確立のため、様々な生息地の試料の分析や、精密機器分析が必要である。
※1 「正倉院宝物(螺鈿、貝殻)材質調査報告」和田浩爾、赤松蔚、奥谷喬司、材質鑑定調査1992~93
※2 「正倉院伝来の貝製品と貝殻―ヤコウガイを中心に」木下尚子、正倉院紀要(31),30-60,2009‐03
※3 「二枚貝における殻体構造の進化」魚住悟、鈴木清一、軟体動物の研究、1981
※4 「真珠層における有機相の形成と微細構造」中原皓、軟体動物の研究、1981