レポート

放射線照射による真珠黒褐色化についての考察とその鑑別の試み―その2 ー 2012年宝石学会発表

放射線照射により淡水産貝殻から作られた核が黒褐色化することは知られている。またその黒褐色化の原因は、淡水産貝殻に多く含まれているマンガン(Mn)が放射線照射により2価の炭酸マンガン(MnCO3)から3、4価の酸化物(Mn2O3,MnO2)に変わることによると考えられている。(1959,堀口)
今回、最新の分析機器である電子スピン共鳴(ESR:Electron Spin Resonance)※1を用いて、
① 少ない照射量(0.3KGy※2程度)の真珠の鑑別法があるか。
② 核が黒褐色化する原因は、マンガンの酸化による価数増加によるものかどうか。
の2点の解明を目的に実験したので報告する。
※1 磁場中の不対電子を観測し、ラジカル種の同定や定量を行う機器
※2 Gy(グレイ):放射線量の単位  1Gy=1J/Kg

 

放射線照射による核の黒褐色化が2価のマンガン(Mn2+)から3、4価のマンガン(Mn3+,Mn4+)への変化によるものであれば、照射前後の核の2価のマンガン量を測定することでその変化を確認できると考え、実験を次のように行った。
供試試料として、白色核15個を粉砕して均一とした粉体を用意した。これを5つに分け、財団法人放射線利用振興協会にて、各々0,0.03,0.3、1、10KGyの線量を照射した(図1)。

図1 放射線照射した核の紛体 下:紫外線照射下の紛体

左より:未照射、0.03KGy、0.3KGy、1KGy、10KGy

次に、ICP発光分光分析装置で未照射試料(0KGy)のマンガン全量の定量を行った後、ESRにて各線量の試料の2価のマンガンの定量を行った。これらの測定は東レリサーチセンターに依頼した。なお、本測定において試料の必要量は100mgであった。

測定結果、マンガン量は核粉末1g中約700μgであった。また、2価のマンガン量の放射線照射による増減は測定できず、各線量ともに全マンガン量の46%ほどであった(表1)。

 

表1 ESRによる各照射量のMn2+量測定結果

次に、被ばく量や化石の年代測定法に用いられるCO2-量のESR測定を行った(表2)。その結果、0.3KGy以上の照射量において照射量とCO2-量には良好な相関関係が見られたが、0.03KGyではCO2-は確認できず、未照射と判別できなかった。

 

表2 ESRによる各照射量のCO2量測定結果

 

以上の結果より、CO2-のESR測定では0.3KGy以上照射された場合の判別は可能であると考えられるが、0.03KGyでは判別できない。この線量は、実際にアコヤ真珠の照射に用いられている。また、測定試料は紛体であり、必要量が100mgであることは、アコヤ真珠に対する鑑別法として現実的ではない。
また、従来考えられてきたマンガンの価数増加による核の黒褐色化について、今回の測定では検証できなかった。しかし、表1、表2に示すように、2価のマンガン量とCO2-量は2桁から3桁の違いがあり、今回の結果からマンガンの価数増加による黒褐色化を否定することはできない※3。
※3 堀口の論文にある
MnCO3 → MnO + CO2
2MnO + O → 2MnO2(黒色)
という反応があったとしても、CO2-量がごくわずかで顕著に測定されなかった可能性がある。
核中のマンガン量の約半量は2価以外のマンガンであることも測定され、このマンガンの形態や放射線照射による黒褐色化の要因のさらなる探求が今後の研究課題である。

 

今回の測定・考察では、大阪大学特任教授 石田英之工学博士の
ご指導をいただきました。