特別
寄稿

あらゆる高価な品々の頂点に君臨するもの――マルガリータとその起源

古代ヨーロッパ人が憧れたオリエント世界の特産品は何だろう。料理をピリッとさせるインドのコショウも人気があったが、彼らがマルガリテスと呼ぶ真珠も重要だった。マルガリテスは、古代ローマでマルガリータと呼ばれる前のギリシア語の表現。紀元前4世紀のアレキサンダー大王の東征でヨーロッパに知られるようになった。
古代ギリシアの哲学者テオフラストスは『石について』という書物の中で、貴重な石のひとつがマルガリテスである、これは本来透明で、高価なネックレスが作られると述べている。一方、アレキサンダー大王の東征に参加したアンドロステネスは、ペルシア湾にはマルガリテスができる真珠貝があり、ホタテガイに似ている、マルガリテスは金色と純白のものがあり、同じ重さの黄金で売買されると報告している。こうしたマルガリテスの特徴は、日本のアコヤ真珠の特徴とよく似ている。
マルガリテスの語源はペルシア語で真珠を指すマルワーリードとされている。また、ペルシア湾にはアコヤガイと同種のPinctada radiata が生息している。こうしたことを勘案すれば、古代ギリシア人が珍重したマルガリテスは、おそらくアコヤ真珠系の真珠だろう。
イギリスやドイツの河川からは淡水真珠が採れるため、古代ヨーロッパ人は真珠を指す別の単語をもっていたはずである。しかし、マルガリテスが登場すると、たちまち他の単語を駆逐し、マルガリテスが真珠を代表する言葉となった。
『旧約聖書』ではどの単語が真珠を指すかについて定説はないが、ローマ時代に成立し、ギリシア語で書かれた『新約聖書』では、マルガリテスが使われている。「マタイによる福音書」(第13章)は、天の国とは、高価な一粒のマルガリテスを見つけた商人が、持ち物をすっかり売り払い、それを買うようなものであると述べている。『新約聖書』のマルガリテスとは、全財産を投げ打ってでも買うべきものだったのである。
ローマ時代にはマルガリータという言葉も使われるようになった。当時の博物学者プリニウスは『博物誌』の中で次のように述べている。「あらゆる高価な品々の中で一番で、最高のものはマルガリータである」と。筆者の見解では、天然のアコヤ真珠の標準は直径約5ミリで、0.2グラム。もし『新約聖書』のマルガリテスやプリニウスのマルガリータがアコヤ真珠ならば、たった直径5ミリの小さな真珠が全財産の価値と同等で、あらゆる高価な品々の頂点に君臨していたのである。その価値の高さには驚くばかりではないだろうか。
20世紀になると、日本人はかつてマルガリテス、マルガリータと呼ばれたアコヤ真珠の養殖に成功し、日本人の研究が世界を牽引したことはご承知のとおり。その研究はこれからも『マルガリータ』誌で公表される。『マルガリータ』誌の再創刊おめでとうございます。