連載
コラム

パール・ワンダー1 -中世イスラーム社会の真珠の修復法

劣化した真珠を修復するには、どうすればいいのだろうか。今日では、研磨剤を織り込んだクロスや専用の機器を使って、古くなった真珠層をはぎ取り、新しい真珠層を出す「マイクロ研磨」が知られている。
では、そうした便利なものがなかった時代はどうしていたのだろうか。戦前、よく知られた方法は、鶏の胃袋を利用することだった。うどん粉や米粒と一緒に鶏に真珠を食べさせる。すると、真珠は鶏の胃袋の胃酸によって溶解し、一皮向けて、つややかな真珠となるのである。ただ、この方法にはふたつの問題点があった。ひとつは鶏の糞便を数日にわたって丁寧に探さなければならなかったことである。もうひとつは、当時の真珠は小さかったので、胃酸で真珠が完全に溶解してしまい、糞便をいくら探しても、真珠が出てこない場合がしばしばあったことである。美しいものの出自は、必ずしも美しくないことを、教えてくれる話である。
鶏の胃袋利用法以外にも、真珠の修復法はいろいろあった。インドでは真珠の艶出しに粗くついた米に塩を加え、これで念入りに磨くという方法があったが、ひとりで七つの真珠の修復法を披露しているのが、中世イスラーム社会のティーファーシ―という宝石学者である。彼は『最上の石に関する最上の思考』という書物において、あらゆる宝石の中で真珠を第一等に位置づけた人物である。ティーファーシ―は、花といえばバラを指すように、宝石といえば真珠を指すと明言している。日本的にいうと、桜が花を代表するように、真珠が宝石を代表するということである。その彼が、真珠の修復法を語っている。
第一は、イチジクの乳汁利用法である。ティーファーシ―によると、真珠の汚れが表面的ならば、イチジクの乳汁に三日間真珠をつけ、三日ごとに交換していくと、真珠はきれいになるという。確かに、あの白い乳汁は何となく効果がありそう。イチジクの乳汁は痔の塗布薬に使われたので、真珠にも有効なのかもしれない。是非試してみたい方法である。
ティーファーシ―の第二の方法は、石鹸及びそれと同じ量のアルカリを加えた容器に真珠を入れ、その容器を中火の火力で二時間から三時間ほど加熱するというものである。そうすると、真珠は以前よりもよくなるという。真珠の修復には酸が有効と思っていたけれど、アルカリ性でも効果があるのだろうか。真珠を加熱するのも意外である。
第三の方法は、皮を剥いたスモモの種、それと同量の白ゴマ、及び樟脳を利用する。それらを粉末にした後、こねてボール状にし、真珠を真ん中に入れて、動物性の脂肪で覆い、それを鉄製のお玉の上に置き、弱火にかけて、ゆっくり加熱するというものである。
第四の方法は、粉末にした樟脳を薄いリネンの布に置き、そこに真珠を置いて、真珠ごとくくる。それをスモモの種の樹脂か水銀の入った容器に入れて弱火で加熱する。これを繰り返せば、真珠はきれいになるという。第五の方法は、樟脳の代わりにチョークを使うものである。
さらにティーファーシ―は、シトラス系の果実から蒸留して取った酸や強いワインビネガーを使う方法や、アンモニア、ほう砂、アルカリを使う方法なども述べている。
ティーファーシ―が語る真珠の修復法では、イチジクの乳汁やスモモ、白ゴマなど意外な物質が使われているが、彼がこれだけ多くの修復法を述べているのは、中世のイスラーム社会が真珠を愛好し、真珠を大切に扱ってきたからに他ならない。同時に真珠の修復は彼らにとっても重要な問題であったことを示している。はたして効果はどうなのだろうか。真珠科学研究所さんで、是非試してもらいたいテーマである。