連載
コラム

一陽来復 - シードパールのジュエリー

7月18日 渋谷の松濤美術館で開催(9月22日まで)されている「真珠 海からの贈りもの」展に行きました。午前中に入り、展示品を見て、2時からの講演会「日本のアール・デコミキモトの帯留」に備え昼食にいったん外館しようとするとコロナ対策につき再入館不可とのこと。やむなく退館して近くのレストランに。オーダーがなかなか出てこず、あたかもコロナで来店客など想定していなかったのではないかと不安にさせるほど。
食後再度入館料を払い講演会場に。講演内容が素晴らしかったので終わり良ければすべてよしの一日でした。

もちろん、展示品は言わずもがなで見ごたえあり、とりわけシードパールのジュエリーが記憶に鮮やかです。初めて目にしたというわけではありませんが殊更今回はしっかりと見てまいりました。展示してある他のジュエリーは貴金属のベースにパールが取り付けられていたり、揺れていたり、宝石やエナメルなどとの取り合わせであったりするのですが、シードパールのそれは真珠と真珠母貝だけで仕立てられた白一色のジュエリーです。

解説書のシードパールの頁には「芥子の実ほどの非常に小さな真珠をさす。デザイン通りにカットした真珠の母貝(シロチョウ貝)を台座にし、その上に白い馬の毛やテグスなどで連ねた真珠をくみあげ固定した。台座のシロチョウ貝と乳白色の真珠の一体化したデザインは、繊細で美しく立体的な表情を見せる。多くはパリュール(同一の素材とデザインでつくられた一揃いのジュエリー)に仕立てられた。」とあります。小さな真珠一個一個に孔を開けて糸を通し、シロチョウ貝の台座に取り付けてあるのですから根気のいる作業と巧妙さではありませんか。

宝飾史研究家の山口遼氏(平凡社「別冊太陽 パール・ジュエリー」P30)は「(前略)直径が1ミリ前後の小さな真珠に穿孔することは至難の業であり、今日でもインドだけでしかできない技術だ。穿孔は極微の真珠をまずは古い板の上にすりつけることから始まる。古い木材には多くの孔や柔らかい部分が摩耗して凹みになっている部分があるが、そこに真珠が嵌まり込む。それを上から弓錐を使って穴を開けてゆくのだ。気の遠くなるような作業である。(後略)」続けて次頁に「シードパールの作品がヴィクトリア時代を通じて広く作られ使われたのだが、1880年代頃を最後に、姿を消す。」と書いています。働き方改革が叫ばれる昨今、さもありなんと素直に納得。かくして「真珠の長い歴史から見ても極めてユニークな真珠のジュエリー」(同氏)であるシードパールの作品の多くを孔が開くほど鑑賞できた展示会でありました。