連載
コラム

新「社会経済実態と消費」(2回) ――「漁業法改定」――

沿岸部の自然環境や資源管理に大きな貢献をしてきた漁民および漁協を否定した法案「漁業法改定」が国会を通過した。どこで議論が行われていたのか?ですら知らされていない私たち庶民である。沿岸漁業の問題は真珠養殖の問題でもある。
わが恩師・大海原宏先生は、この法案は「改定」ではなく、「新法」であると語る。
辺野古の埋め立て問題に、安倍首相は「『絶滅危惧種が砂浜に存在していたが、砂をさらって別の浜に移していくという環境の負担をなるべく抑える努力もしている』と述べた」。しかし、「安倍首相のサンゴ移植発言が波紋」注1と。名護市辺野古の埋め立てが、環境破壊ではなく環境の維持に政府は動いているという首相の「印象操作」を示した。
沖縄県水産課などは「埋め立て予定海域全体では約7万4000群体のサンゴの移植が必要」と伝えていたが、「沖縄防衛局が移植したのは絶滅危惧種のオキナワハマサンゴ9群体だけで、いずれも今回の土砂投入区域にあったサンゴではないという」。それにこれを報道した「NHK『自主的な判断』」注2では、首相発言を「報道機関として自主的な編集判断に基づいて放送した」と。まさに権力への“忖度”の末の「印象操作」を担った報道になってしまった。
このような“ウソ”を平然といつものように言う政府が「漁業法改定」を賛成多数で強行した。

日経新聞の「社説:企業と連携し生産性高める漁業改革を」注3および「ノルウェーの漁業に学べ」注4では、「漁業法改定」を押し込むための資本の論理を展開している。「日本の沿岸漁業は戦後作られた硬直的な制度が企業参入や経営規模の拡大を阻んでいた。漁業経営に企業のノウハウをいかし、生産性を高める改革を進めるべきだ」。「政府は現状を打破しようと硬直的な漁業権制度などを見直す改革案を決め、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に盛り込んだ。小規模な漁業者が多い沿岸漁業の生産性を高め、企業の参入を促し、所得を増やして若い漁業者を確保する狙いだ」。そして、「漁業でも日本が学ぶべき先例はある。ノルウェーがその代表だ。同国では1940年代、養殖業を除いて12万人弱の漁業者がいた。…だが、ノルウェーの漁業人口は、16年時点で1万人強と、10分の1以下に減少している」。「ただ、日本との決定的な違いは、漁業人口の減少を生産性の向上につなげ、1人あたりの生産量を10倍前後に引き上げ…ノルウェーの漁船1隻あたりの漁獲量は日本の20倍だ。漁業者1人あたりの生産量も8倍弱にのぼる」と。まさに夢のようなお話(日経新聞記事)である。
しかし、現場を歩いてきた鹿児島大学教授・佐野雅昭注11は反論する(これについては後ほどに)。

「漁業法改正案、成立へ 柔軟に漁業権付与、企業参入促す」注5では、次のように述べている。
「企業の新規参入を促し漁業の生産性を高めるための漁業法改正案」で、「改正案には、漁業の成長産業化によって漁業者の所得を向上し、若者の就業を後押しする狙いもある」。「柱の一つは企業参入を促すための漁業権制度の見直しだ。漁業権は養殖を中心とした沿岸漁業を営むのに必要な免許で、地域の漁業協同組合や漁業者に優先して与えている。企業が参入する場合、漁協に漁業権行使料などを支払う必要がある」。それを「漁協優先の漁業権付与をやめ、都道府県知事が漁場の『適切かつ有効な活用』などを条件に付与するとしている」。
「改正漁業法が成立、企業参入促す 漁業権を抜本的見直し」*6では、「水産資源管理の強化や養殖業への企業参入の促進をめざす改正漁業法は、8日未明の参院本会議で賛成多数で可決され、成立した。運用の仕組みなどを定め、公布から2年以内に施行する」。「養殖などの漁業権では、地元を優先するルールを撤廃。漁業者から懸念の声もあ」る。「今回の改正は『漁業の成長産業化』を掲げ、政府の規制改革推進会議の議論を反映させる形で進めてきた」と。
では、当事者の漁民はどのように感じているのかを見よう。
「(問う2019 論点の現場から:1)「法改正、漁業者の知らぬ間に」注7は次のように見ている。
「70年ぶりの改革だというのに、浜の人たちは聞いていない、説明を受けたらますます不安になる」。「安倍政権下の国会で、与党が採決を強行して法律を成立させることが常態化している。与党は説得や合意形成はおろか、説明する努力さえ放棄したように見える。その先に何が待つのか。国会の決定は『食』の現場も揺さぶっている」。「何度も反対の声を上げたが、政府の言うままに決まるなんて…昨秋の臨時国会で改正漁業法が成立したことに肩を落とした」。
「改正法は、沿岸の調整役を担う漁協に漁業権を優先的に与える規定を廃止。民間企業の参入を後押しする方針が盛り込まれた。けれども、瀬戸内海では古くから漁民が漁場を効率よく使い、沿岸漁業や養殖で高い漁獲を得てきた。もめ事は漁協が調整して解決してきたという」。「だが、水産庁は改正案を決定前には示さなかった。『何を聞いても水産庁は「決めたことに従え」と言っているようだった』」。「『だまし討ちのようなやり方。民主主義ではない』との批判が広がる」。
「法改正のきっかけは17年秋、政府の規制改革推進会議の議論だった。漁業者の高齢化や漁業生産量の低迷を背景に、市場経済を重視する『漁業の成長産業化』『投資の充実』の検討が始まった。議論をもとに、養殖漁業への民間参入拡大、資源管理の見直しといった新自由主義的な内容が改正案に盛られた」。
「全国沿岸漁民連絡協議会の二平章事務局長は指摘する。『短期利益を追求する企業参入が進めば、魚の値崩れや浜の混乱などの影響は避けられないのに、漁民や漁協の多くは今も法改正の内容を知らない』」。
他方で、農業にも政権は手を伸ばしている。「国会が森友学園問題で紛糾していた17年4月。稲、麦、大豆の種の生産を都道府県に義務付けてきた主要農作物種子法の廃止が決まった。種子法も、政府の規制改革推進会議で『民間参入の妨げになっている』と標的にされていた」。種子法の「廃止で多国籍企業が量産する遺伝子組み換え作物の流入が増える」。「会長の八木岡努JA水戸組合長(60)は、与野党対立の陰で法律が素通りする国会を横目に語った。『食料主権や食の安全・安心をどう守るか。憲法改正を議論するなら、食の問題こそテーマにすべきだ』」。「『国会の議論なんて無駄。どうせ多数決で決まるんだから』。漁業と農業。場所も空気も全く違う二つの現場で同じ言葉を何度も聞いた」と。

この問題に対して、研究者の動きを見ると、2018年『漁業経済学会』の65回大会シンポジウム注8では「「沿岸漁場の企業的利用と漁業権問題」という題材であった。「現政権が企業参入を伴った沿岸漁業の『成長産業化』を進める方針を明確化する中で,いま一度,企業による沿岸漁場の利用実態と顕在化する課題から今後の漁業権制度の展望をすることを目的に開催された」。
「各報告者からは,水産庁(案)を踏まえた論点が提示され,フロアとの討論でも今後生じる課題」も議論された。報告者は4氏で、特に元水産庁・熊野漁協・佐藤力生氏は迫力満点であった。
そして、フロアから「水産庁による沿岸漁業の将来ビジョンの不明確さを指摘する発言や政策理念と実態とのかい離を問題視する発言、企業経営の方がうまくいくという前提への疑念を示す発言、外資規制の問題を指摘する発言などがあり,活発な議論が交わされた」。
ここでは、佐藤力生の『漁業と漁協』注9への投稿「水産政策改革との長期戦に備えて主張」を見ていく。紙面の都合上、短くまとめる(全文を是非、ネットで読んでいただきたい)。
冒頭から「黙々と働く漁業者の姿を日々見ていると、この漁業現場を規制改革推進会議の素人が机の上で考え水産政策改革」と怒りがほとばしっている。「当改革が『漁業の成長産業化』という定義すらない空虚なスローガンを掲げるだけで、その中身は漁業者から漁場と資源を取り上げ企業に渡し、地域の富を外部資本に流出させるだけのものであるのなら、なおさらである」。「加えて、森友・加計学園問題で政府による『嘘、ねつ造、隠蔽』という違法行為が露呈しても、自民党総裁選で圧勝したように、規制改革の名のもとに何をやっても許される天下無敵の大総理である」。「政治の舞台での正面からの短期戦ではかなわないが、長期戦に持ち込んで地の利を得て、個別に参入企業と現場で戦えば、決して負けない。なぜなら当改革はその先駆けとなった宮城県水産特区で証明されたように必ず自滅する構造的な誤りを抱えているからである」と戦う気を示した。水産庁時代に学び、退職後には現場で漁民と共に働く佐藤の意気込みに敬服する。

そこで、現実に官僚たちが何を議論しているのかを、ここに明らかにする。

*****
「国家戦略特区ワーキンググループ」のヒアリング(議事要旨)
平成27年1月15日(木)13:29~14:17 於:永田町合同庁舎7階特別会議室
出席者一覧 〈WG委員〉座長・八田達夫(アジア成長研究所・大阪大学社会経済研究所(招聘教授)
その他委員2名
〈関係省庁〉菅家秀人・水産庁企画課長 その他水産庁職員4名
〈事務局〉 内閣府職員3名
この議事録の主要登場人物は2名(八田達夫氏と菅家秀人氏)である。そこで、主要なこの2人の議論をここに簡略的に明らかにする。
先ずは、漁業権やその管理の仕方等について菅家氏が解説した。そして、前回に、八田氏がある合同会社(桃浦)がカキむき機械を導入したこと、そして、この導入は国の補助金も入れて導入したことを述べている。これができた理由は、法人化されているから、実態として国の補助金も入れて導入できたことを述べた。
八田座長:これを利用していないところでも、導入したところはいっぱいあるのですか。
菅家課長:国内ですか。
八:はい。
菅:国内は広島県で1例があることを聞いております。
八:桃浦では、法人であるから、そのような情報をきちんと入れて、国の補助金を活用するなり何なりしてできたのでないかということがポイントです。だから、法人でないところでもこういう新技術を入れているところが多いなら、もちろんそれは別に法人である必要はないと思います。
菅:それは、みんなその機械があることは当然知っているわけなのですけれども、かきをむく人がちゃんと確保できれば、ここの会社でも導入は必要なかったわけで、この相当高い機械を導入することのコスト、ランニングコストもかかりますし、そういったことと実際にカキをむく人を雇用してやることが、どちらがコスト上ペイするかという判断として、今のところのわが国では、手でむくことが行われているのではないかと思います。
八:法人でないところで導入した例を幾つか教えていただければありがたいです。
菅:広島で1例あると聞いています。
八:それがどのような例かというのを教えていただきたい。いつ導入したかとか。
菅:わかりました。ただ、外国でもそんなにたくさん導入されているとは聞いておりません。
八:いや、それは、ポイントではない。企業であるからそのような情報を得ることができて、補助金の活用もできたのではないかと申し上げている。三陸で被害を受けたところはいっぱいあると思います。明らかに法人にしたことが役に立っているではないですか。…
菅:法人だからできたということはちょっと理解できないですけれども、…
・・・
八:法人にしたことによる弊害を教えていただきたい。…一定の規模をもった企業が漁協よりなぜ悪いのかがよくわからない。

*****

以上の議論を読んでいると、本当に情けなくなる。議論などどこにもない。国のカネで低俗な議論。言い換えれば、ただただ、漁民・漁協から漁業権を取り上げて、企業にやらせれば万々歳、という結論だけを導き出そうとする議論である。ここまでに、地に落ちた官僚組織の姿が見えてくる。劣化した官僚組織が見えてくる。言い換えれば、官邸の支持で八田達夫氏が強烈に漁民を追い出す算段を水産庁に論理なく言いまくっている。そして結局、何回かのヒアリングを通じて、水産庁はそれを受け入れてしまった。

また同時に、「真珠養殖の規制緩和を巡る国家戦略特区」のWGのヒアリングが隠されていた。この内実は、提案者の真珠販売会社からの「秘密保持」を強く要請され、国家と結びつく企業がそれを実行している姿が見えてくる。
言い換えれば、低廉で漁場を自由に占有する権利を得るために、この新漁業法を利用して漁民や漁協を追い出す算段である。これによって、真珠生産で低コストを狙うのである。日本の重要な歴史的沿岸漁業を追い出してである。真珠養殖業や真珠販売は、日本の基幹産業でもなければ、自然の多様性を維持する業種ではない。その自然は国民皆のもので、それを管理・維持してきたのは漁民や漁協であることを忘れている。目先の利益しか考えない大資本の論理が真珠関連業者にも入り込んでいる。
この裏取引は、森友・加計問題をそのまま続けている政府の姿が見えるようである。
真珠業をしながらも、自然破壊もしないし、伝統的自然環境維持を応援することの重要さは、目先の国民的資産をカネにする危険性に気がつかないなら、真珠業の歴史さえないがしろにすることになる。

またそれゆえに、佐藤力生は「規制改革の理屈に反しほとんどの分野では逆に総売上額は減少しており、これはその産業の投資及び賃金の原資となる利益の減少を意味することから、当然需要を減少させデフレ経済を悪化させたことになる」ことを立証している。「コモンズの代表的産業である漁業において『漁業の成長産業化』という見え透いた嘘で、水産分野でも同じ規制改革を今からやろうとしているのはあまりにも漁業関係者をバカにした話である。よって、当改革による漁業の成長産業化などありえず、完全に間違った政策であるとの確信をもって、漁業者はこれと戦っていくことが必要である」。
それに、実態として「大手企業もすでに全国各地に参入しているように組合員として加入さえすれば平等に扱われ決して排他的ではない。しかし、強欲な企業は漁協に加入せず、自分が好きなところにタダで参入したいがために、財界による政治的影響力やマスコミを利用して、漁協が海を独占しているという嘘をまき散らし」ているとも語る。「共有資源に利害関係を持つ当事者による自主的管理(日本の漁業協同組合、漁業権制度に該当)」に「ノーベル経済学賞を受賞した資源学者レイ・ヒルボーン教授もこれに賛同している。…奇怪なことに日本の漁業権制度を批判している者は、なぜか日本のごく一部の学者風の者だけである」。
「お金はないが漁場や資源という公共資本を持つ漁業の宝に目を付け、それを私的資本にして、市場取引(マネーゲーム)の対象にするための意図から行われていると理解す」る。それに「実際の資源変動に適応しない誤ったMSY理論をもとにしたTAC制度は、『MSY理論に固執している限り、資源管理に成功することは決してない』とまで言われており、現に日本における過去20年間のTAC運用実績においても、非TAC魚種と比較して資源管理に効果があったとは立証されていない」。そして最後に「規制改革を巡る戦いの本質は、中央と地方の戦い、言い換えれば金儲けと生活権との戦いである。種子法が廃止された後、実に64の地方議会が国会に対し意見書の提出を行い、都道府県の財源の確保や種子の独占への懸念、種子法に代わる法律の必要性について訴えているという。当改革も全く同じ構図である。我々漁業関係者の反対の意思が、官邸にしか目が向いていない国会議員には通じなくても、県民に目が向いた地方議員に理解してもらえればまだまだ戦える余地が残っているのである。戦場を地方議会の場に移し、最後まであきらめずに頑張ろう。漁業法改訂は終わりではなく戦いの始まりである」と。
このような怒りは論理だけでなく現場の力・我慢強さの現れである。
佐藤の議論を補完する意味で、川崎健(当時は東北大学教授)の「『乱獲』を検証する」(2009年『漁業経済学会』で報告)注11を引用する。「第2次大戦後MSYを管理基準とする漁業協定が続々と結ばれ、国連海洋法条約(1982)において、MSYは『官許の学説』として海洋の最高法典の管理基準に上りつめ、批准国の国内法を拘束することになる」。しかし、「科学に対する侵害に他ならない。MSY資源管理の歴史は、管理理論崩壊の歴史でもあった(太平洋ハリバット、アンチョベータ、大西洋タラなど)」。
そして遂に、「1983年に太平洋のマイワシについて『レジーム・シフト』が見出され、その後の学際的研究の展開の中で、『大気・海洋・海洋生態系から構成される地球環境システムの基本構造(レジーム)が、数十年の時間スケールで転換(シフト)すること』と定義され(川崎2004)」た。
「生物資源は海洋生態系の構成部分であり、地球環境である。『乱獲』とは『レジーム・シフトの変動リズムを破壊すること』であり、『持続的利用』とは、『生態系変動のリズムに合わせて、海洋生物個体群を利用すること』である」。「『資源の低水準期に、資源が上昇リズムに乗るまで漁業を閉鎖』」は「カリフォルニア・マイワシで成功し、日本のマサバで失敗している」。
ここに、科学的にみたとき、MSY資源管理を否定された。
また、漁民や漁協から漁業権の取り上げを実施して大きな利益を上げているノルウェー資本について、鹿児島大学教授・佐野雅昭は「ノルウェーのサーモン養殖に見る参入自由化の結末」注11を書いている。
「1992年規制緩和が劇的に進められた。それ以前は養殖経営に参画できるのは地域内に居住する漁業者に限定され、規模拡大を制限する厳しい規制が存在した。規制緩和と参入自由化が進められ、状況は一変する。高利回りを期待する投資目的の資本が流入し、規模拡大を図るために養殖経営体の買収が進められる。短期間のうちに産業は寡占化し、資本力のある大手企業のみが生き残る単純な産業組織となった。…規模拡大は生産性の向上とコストダウンをもたらし、生産量は劇的に拡大した」。「サーモン養殖は、ノルウェーでも有数の輸出産業」となり、「外資や海外投資家」も参入している。「そこには、国民の利益も公共性も存在せず、地域産業としての意味を失っている」と語っている。
大資本のために貴重な国民の共有財産がむしりとられ、世界中の大資本の取り合いの場と沿岸漁業が陥ることを示している。

堤未果『日本が売られる』注12で、「海が売られる」を整理している。
ここでは、宮城県知事・村井嘉浩の野望とその結果について見ていく。
堤は「漁協が企業の参入を邪魔している。それは嘘だ。すでに参入している日本水産やマルハニチロなどの日本企業は、…漁協に参加し組合員になり、問題なくやっている」という事実も明らかにしている。
それに、「漁場と環境を維持するための浜の清掃や稚魚・稚貝の放流作業、漁場の定期検査や造成、海難事故の際の救助など、公共資産である海を守ってゆくための必要経費」を維持しているのは「漁協を支える組合員の出資」があるからである。加えて、「漁場と環境を維持するための浜の清掃や稚魚・稚貝の放流作業、漁場の定期検査や造成、海難事故の際の救助など、公共資産である海を守ってゆくための必要経費」を維持しているのは「漁協を支える組合員の出資」があるからである。
しかし、宮城県知事・村井嘉浩・「特区」の「『協議会』メンバーは、国と県と特区参入企業のみで構成」し、現場の漁業者を排除している。
そして、企業主体の「特区」の大失敗が明らかになった。先ずは、表で示した「桃浦かき生産者合同会社」(ここに参入した企業は1社のみ)の経営状況を見ていく。
上記で提示した「国家戦略特区ワーキンググループ」のヒアリング(議事要旨)の主題(カキむき機械を導入)の会社である。
この会社こそ、〈WG委員〉座長・八田達夫が示した会社である。
この時が、2015年で、大赤字を出し始めた年である。この民間企業を救うための「国家戦略特区」方式であることは明らかである。
2013年と2014年は当期利益を上げた。ただし、2013年は1憶円の震災寄付金が入り、2014年は国の助成金が入っている。そして、3年目(2015年)からは毎年赤字が膨らんでいる。まさに、国家ぐるみの民間企業救援であり、無理やり漁業権を漁民から取り上げる方策であったことが明確になっている。
「復興推進計画で掲げた生産量と生産額は、目標の6~7割しか達成されて」いない。それだけでなく、「雇われた社員になった漁業者の1人当たりの手取り収入は、社外の漁業者に比べ大幅に低くなっている。漁協を通さずに漁業権を手に入れたこの企業は、地域の漁業者同士で決めた出荷日よりも前に出荷したり、宮城以外から取り寄せた商標登録されていない他県のかきを加工して売るなど、周りの漁業者に迷惑をかけ県のブランドイメージを傷つける、世にも勝手な行動を繰り返していた」。
この状況を県議の質問にも、ますます強まる地元漁業関係者にも無視して、村井知事は「水産特区を続ける気満々」である。メディアが語らず、ほとんどの国民が無関心な中で、2018年5月に「水産庁は養殖業への企業参入を加速させ、水産業を『成長産業』とする改革案を発表した」。
「日本の海を持続可能な共通資源として管理する役割を担ってきた漁協」は「独自のルールで小規模漁業者や漁村、多様な日本の水産資源を管理してきた」。
「何十種類もの魚の資源管理と価格維持、様々な種類の漁業の一括管理などは、ビジネスのためだけでなく、海と共存しその天然資源の一部を人間が頂戴するために、長い間かけてそれぞれの地域の漁業者たちが現場で作り上げてきた貴重なノウハウだ。元水産庁職員で、鹿児島大学水産学部の佐野雅昭教授によると、各県の漁協が自分たちの海を守るルールを地域ごとに作り厳しく管理する日本のこの制度は、世界からも注目されている」。
宮城県知事・村井嘉浩は「海は誰のものでもないはずだ」と語り、「何もかもに値札をつける」資本のものにしていく。海は投資商品として「漁業権を複数買い占め、広域枠が欲しい企業に転売すれば、かなり高値がつく」。「オーストラリアでは全体漁獲量の4割、ニュージーランドでは6割、アイスランドではほとんどすべての総漁獲量(98%)が証券化され、経済危機の時に外資に買い上げられてしまった」。「中国・大連の漁師たちは、違法と知りながらなぜ他国の領海に入るのか?理由は乱獲で水産資源が枯渇していることに加え、『漁業権』を権力者が買い占めてしまい、地元で漁ができなくなったからだという」。
構図:国家(安倍内閣) → 宮城県知事・村井嘉浩=«国家戦略特区≫ ← 民間資本:固い絆
まさに、漁民や漁協を排除しただけではなく、私たちの税金が新たな資本に利用されていくのである。そして、その税金は決して帰らず、外資に売られる可能性も大きい。
この「漁業法改定」に至るまでに、MSY理論をもとにしたTAC制度を推薦する御用学者がいた。
“漁民の乱獲”を語る彼らの主張は、首相の発言と変わらない「印象操作」である。

注1 毎日新聞19年1月10日 20:12配信。注2 日本経済新聞19年1月11日付け。注3 日本経済新聞18年6月20日付け。注4 日本経済新聞18年7月5日付け。注5 日本経済新聞18年12月8日付け。注6 朝日新聞DIGITAL18年12月8日13時34分より。注7 朝日新聞19年1月8日付け「問う2019 論点の現場から:1」より。注8 【大会印象記】として、植田展大(株式会社農林中金総合研究所)がまとめている。注9 『漁業と漁協』18年11月 第11号「特集『規制改革』「水産行政改革との長期戦に備えて―戦い続ける限り必ず元に戻せる―」より。注10 川崎健・片山知史・大海原宏・二平章・渡邊良朗 編著『「漁業科学」としての「レジームシフト」』を参照。注11 「2009年漁業経済学会56回大会」での【講演要旨集】から転載。川崎健「レジームシフト」については、18年6月・7月の「経済実態と市場」に書いている。注12 堤未果『日本が売られる』(幻冬舎新書 2018)。

(西村メールアドレス:n.merah@cpost.plala.or.jp  感想・批判をお待ちしています)