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コラム

保存科学の視点から ー 第9回 Victoria & Albert museumの公開ビデオ 「A History of Pearls」 より

人類史における「真珠」については、日本や東洋だけでなく、西欧でもさまざまな観点から語られてきました。英国のVictoria & Albert museum(以下、V&A)が制作したビデオ 「A History of Pearls」 がYoutubeに掲載されており、今回これを視聴しましたので、皆さんと真珠の歴史について共有したいと思います。以下はその紹介文と動画のURLです。
The film guides us through history, beginning at 1,000 BC, and taking into account Antiquity, the Middle Ages, the Renaissance, the Victorian era, the jazz age, the importance of pearls in Chinese and Indian history, and even the revolutionary cultured pearls created by Kōkichi Mikimoto.

 

URL: https://www.youtube.com/watch?v=9pDdQjPYL04

 

V&Aは、ロンドンのサウス・ケンジントン駅の傍にある、英国でも著名な国立博物館です。訪問された方もいらっしゃることでしょう。V&Aは芸術とデザインを専門分野とし、そのコレクションの質と内容の豊富さにおいて世界に並ぶものがないと言われます。陶磁器、家具、衣装類、ガラス細工、宝石、金属細工、写真、彫刻、織物、絵画など、3000年余りにおよぶ世界文明の遺物が蒐集されています。そのなかには、真珠・螺鈿装飾のコレクションもあり、一部は展示されています。またV&Aは日本美術についても造詣が深く、上層には日本室があり、漆芸、陶磁器、武具、着物などが展示されています。
2013~14年には、「歴史的・科学的なアプローチで真珠の魅力に迫る」とのコンセプトで 『Pearls真珠展』 が開催されました。フランス国王ルイ14世が所有していた「Hope Pearl」も展示され、古代ローマから現代に至る200点以上に及ぶジュエリーや関連作品が華やかに並び、訪問した多くの市民が魅了されたそうです。

 

 
Victoria & Albertミュージアム       Hope pearl

 

『東西それぞれにおける真珠の役割が、古代ローマ時代から年代順に解説される。イングランド王のチャールズ1世やスコットランド女王のメアリー、女優エリザベス・テイラーなど王侯貴族、セレブリティが身に付けた歴史的なジュエリーがきらびやかに並ぶ。続いて真珠産業における大きな転換点として、今年、養殖真珠発明120周年を迎える「ミキモト」の養殖真珠にスポットを当てる。ミキモト創業者である御木本幸吉の養殖真珠発明のストーリー映像、アコヤ真珠を使ったミキモトジュエリーの歴史的名品、生産過程の記録写真などの展示品が一室を占める。』
以下のサイトで展示された作品を観ることができます。このように、歴史的にみても西欧で真珠への関心は高く、有史以来女性たちの身を飾ってきました。

URL: https://www.fashion-headline.com/article/12268

ここで紹介するビデオも、この展覧会の際に制作されました。その冒頭で天然真珠について触れています。まず登場するのが二枚貝の「クロタイラギ」と産生された漆黒の真珠です。光沢から最外面は真珠層ではなさそうです。サイズは2㎝以上の長径はあるかと思われ、かなり大型のバロック真珠です。フィリピン産で、カタール博物館の所蔵とのこと。私はクロタイラギ産の真珠は初見でしたのでびっくりしました。皆さんはご覧になったことはありますか?
世界各地では偶然取れたアワビやコンクの天然真珠が珍重されました。また紀元前10世紀ごろから20世紀半ばまでの長期にわたり、ペルシャ湾(バーレイン、カタール沿岸)では盛んに天然真珠が採取されたとのことです。採取地の地図が示され、また母貝の採取法についても触れています。品種別に集められた売買された真珠は西欧へ送られ、インド、中国とも貿易されたとのことです。さまざまな母貝から産出されたカラフルな天然真珠がリズミカルでした。
紀元前後ローマの影響を強く受けたエジプトでもすでに女性たちは真珠に魅了されていたようで、ファイユーム・ポートレイト(古墳から発掘されたミイラの木棺の蓋に蝋画技法(encaustic)で描かれた肖像画で、カイロの南約100kmにあるファイユームが出土地なのでその地名が冠についている)の被葬者もイヤリングや首輪を真珠で装飾していました。紀元後~3世紀ごろの耳飾りなど他のエジプトの出土品も示され、とくに真珠とエメラルドを組み合わせた金製ブレスレットは秀逸です。かつて調査分析したローマ時代遺跡出土の真珠ネックレス(ミキモト真珠島所蔵)も、ギリシャ神話の愛の女神ヴィーナスに捧げられたとされるエメラルドと銀梅花の木の葉をかたどった金箔とのコンビネーションでしたね。
続いて、キリスト教の十字架(シンボル)に飾られた真珠、ルネッサンス時代やバロック時代の美しいジュエリーが取り上げられました。西欧では、貝が生み出す真珠の質感や外観がもつ神秘性や純真性が好まれ、これを形になした技にも心打たれました。そしてV&Aの時代である19世紀のロイヤルジュエリーの洗練された美しさ・・・養殖真珠の父、御木本幸吉、ミキモト・パールが紹介され、歴史的な多機能ジュエリーである真珠の帯留「矢車」も登場します。1937年のパリ万国博覧会に出品された矢車は、日本の近代ジュエリー史に名を残す逸品です。
最後に現代の真珠ジュエリーが示されます。斬新なデザインに眼を見張ったのは「Frozen」との名が冠された、多数の養殖淡水真珠をあしらったネックレスです。展覧会では、中国で養殖されている淡水産真珠が大量生産・大量消費のフェーズを招き、真珠の希少性のハードルを下げている現状にも焦点を当てたそうです。今われわれを取り巻くさまざまな環境やSDGsの価値観のなかで真珠産業の今後も考えなくてはなりませんね。
コンパクトなビデオでしたが、西欧における真珠装飾の歴史を理解できました。日本の真珠史とは違う点も多いですが、洋の東西に関係なく、生物が生み出す美しいモノを愛でる心は同じなのだと思いました。また、これら貴重な文化遺産の保存継承が世界的にみても重要な課題であることを改めて認識しました。以下の画像は、ビデオのキャプチャーです。

 


クロタイラギ産の大型バロック真珠と母貝(カタール博物館)

 


ファイユーム・ポートレイト(エジプト)に描かれた真珠装飾の女性

 


エメラルドと真珠を組み合わせたローマ時代の金製ブレスレット

 


12通りの使用が可能な多機能ジュエリー、帯留「矢車」(ミキモト真珠島)

 


淡水産養殖真珠でデザインされたネックレス「Frozen」(2011年)