レポート

“ばら色”と称されたテリの良い真珠について(2019年6月宝石学会発表)

1.はじめに

マルコポーロは東方見聞録の中で日本の真珠について「この国には多量の真珠が産する。ばら色をした円い大型の、とても美しい真珠である・・・・」と紹介している*1。この時代は真珠の養殖法も確立されていないため、ここで示す真珠は天然真珠のことを指しており、古来より日本ではてりの良い真珠が存在していたことが推測される。今回はこの“ばら色”と称された真珠がどのような真珠であるのかを科学的観点から分析を行った。

 

2.真珠の色について
真珠には「実体色」と「干渉色」という2種類の色が同時に見える。実体色は真珠内部に含まれる有機物起因やタンパク質中に含まれる色素起因の色である。アコヤ真珠ではブルー系やイエロー系がこれに該当する。干渉色は光と真珠層の構造によって現れる色である。真珠では主に「ピンク系」「ピンクグリーン系」「グリーン系」の3つがある。アコヤガイは真珠層に赤い色素を有していないということが知られており、“ばら色”の赤は干渉色によって現れるピンク系の真珠ではないかと考えられる。そこで今回はピンク系の真珠について解析を試みた。

 

3.ピンク系アコヤ真珠の結晶層の厚さと状態
真珠に見られる干渉色の違いは結晶層の厚さによって決まるという報告*2がある。
そこでピンク系のテリの良い養殖真珠や、天然真珠に一番近いと考えられるケシ真珠(図1)の結晶層の厚さ(平均値)について電子顕微鏡を用いて調べると、約0.33μmと報告と同様の結果が得られた(図2)。 またこれらの試料には結晶層の乱れや異質層の存在はなく、整然と積層していた(図3)。結晶層の厚さを核まで調べてみると、表層からおよそ150μmまではピンク系の厚さで推移し、それより深い部分では結晶層が  厚くなる傾向が見られた。養殖期間から考えると表層部は浜揚げ直前の時期に相当し、水温が低い時期に当たる。このことから結晶層の厚さは水温が関係しているのではないかと考えられる。しかしながら同じ漁場でも  グリーン系の真珠も産出されることから、ピンク系を形成する母貝は水温に影響されやすい個体の特徴を持っているということも考えられる。

【図1】実験試料

(ⅰ)ピンク系アコヤ真珠

(ⅱ)アコヤガイ産出ケシ真珠

 

(図2)ピンク系の真珠の結晶層の厚さ(10μmごとの平均値)

 

【図3】試料1-左の結晶層の電子顕微鏡写真(3400倍)

参考:テリの悪い真珠の電子顕微鏡写真(3400倍)

結晶層が整然と積層していないところが確認できる(矢印)

 

4.おわり
ばら色の真珠は厚さが約0.33μmの結晶層が表層部、今回の実験では150μmより表層部に整然と積層された時期に採取された真珠であるということが推測された。そのような真珠が生み出されたのは日本の海水温   などの環境と個体の特徴などに関係があるのではないかと考えられる。

 

*1 [完訳]東方見聞録  (マルコポーロ・愛宕松男訳注; 平凡社)より
*2 小松、矢崎、山本、田中、横瀬;真珠のテリ測定に関する研究Ⅰ(宝石学会誌,2014