レポート

処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について ー2023年宝石学会発表

【はじめに】
真珠に紫外線を照射すると蛍光を示す。それは固有種やそれらが持っている色素、何らかの処理による影響などによって様々な蛍光の色や強度が異なる。例えば365nmの紫外線を真珠に照射すると未加工アコヤ真珠は黄色を帯びた蛍光を示すのに対し、漂白加工されたアコヤ真珠は青白色の蛍光を発する。当研究所では昨年この2つの蛍光分光のパターンの違いについて発表した※1。これは加工によって与えられる熱や薬品の影響を受けて真珠の蛍光が変化したことによって、分光パターンにも変化が現れたと考えられる。
そこで今回は、様々な劣化処理によって真珠に現れる蛍光がどのように変化するか、またその時の蛍光分光パターンについて調べることを目的とした。

※1 「アコヤ真珠の加工による変化について」,宝石学会誌,Vol.36 No.1-4,2022, (マルガリータ2022年7月に関連レポート)

 

【試料と実験方法】
試料として、2017年に長崎県にて浜揚げされ、常温暗所で保管されたアコヤ真珠を用いた。これらの真珠に貫通孔のみ開けて実験を行った。各グループ3pcsずつ処理を行った。
劣化方法として、加熱処理とγ線照射処理を行った。加熱処理に関しては50℃、70℃、120℃で加熱し、加熱前、加熱後1時間、3時間、6時間、12時間、24時間、72時間、168時間後に各々測定を行った(時間は累積時間)。γ線は㈶放射線利用振興協会に依頼し、1 kGy、5 kGy、10 kGy、30kGyの吸収線量で照射した。それぞれの試料の照射前後について目視・蛍光観察とともに紫外可視分光計、分光蛍光光度計による測定を行った。

 

【結果】
(1)加熱処理
(1-1)目視・蛍光観察
120℃の加熱処理によって168hr後には真珠の色が薄い黄色系から黄赤色へと変化した(図1)。50℃、70℃では色の変化は見られなかった。蛍光については50℃、70℃でも黄色を帯びた色から青白色へと変化したが、120℃ではその変化が顕著に現れた(図1)。

図1 加熱処理における真珠の変化

 

(1-2)蛍光分光パターンの変化
220nm~650nm励起光による、蛍光240nm~800nmの波長領域を測定した。未加工の真珠は主に【280nm励起光・330nm付近の蛍光】(蛍光A)と【370nm励起・440nm付近の蛍光】(蛍光B)を示す。加熱前は蛍光Aが主に現れており、蛍光Bのピークは弱い。しかし加熱処理後は蛍光Aが徐々に弱くなり、蛍光Bはそれに従って強く現れるようになった。この変化は50℃、70℃よりも120℃で著しい変化が確認できた(図2)。

図2 加熱処理による蛍光分光パターン

 

蛍光Aと蛍光Bについて強度比を計算したところ(Intensityにバラつきが見られたので、未処理との比で計算した)、120℃において1時間後には急激な減少が確認でき、その後緩やかな減少傾向を示した。50℃や70℃でも同様な蛍光がみられたが、120℃より変化は小さかった。

 

(1-3)紫外可視分光
120℃において主に280nmの吸収の減少が確認できた。その他の温度では大きな変化は見られなかった。280nmの吸収はタンパク質の特徴として知られている。そのため、今回確認できた変化はタンパク質の変化を示していると考えられる。
このことから蛍光分光における蛍光Aの減少もタンパク質の変化によるものと考えられる。

 

(2)γ線照射処理
(2-1)目視・蛍光観察
真珠にγ線を照射すると真珠の色が薄い黄色系から青色系へと変化した。この変化は吸収線量が大きくなるにしたがって青色が濃く変化した。蛍光はγ線照射を行うと発光強度が低下した(図3)。

図3 γ照射による真珠の変化

 

(2-2)蛍光分光パターンの変化
照射前は未加工のアコヤ真珠に見られたように主に蛍光Aが確認できた。照射後は分光パターンの変化はなかったが、全体的に蛍光強度が低下していた。これは目視で蛍光の発光強度が低下していたことと一致する(図4)。
また、蛍光Bに着目すると、照射前は【350nm~360nm励起・440nm~450nm付近の蛍光】を示していたが、照射後は【345nm励起・420nm~430nm付近の蛍光】と短波長側に蛍光ピークがシフトしている試料が多くみられた(図5)。

図4 γ線照射による真珠の蛍光分光パターン

 

図5 γ線照射における蛍光Bの蛍光分光パターン

 

(2-3)紫外可視分光パターンの変化
γ線を照射すると280nmの吸収に変化は見られなかったが、可視光波長領域で反射率が低下していた。この変化は目視による青色系への変化を示していると考えられた。

 

【まとめ】
今回の実験により劣化処理の方法によって蛍光の変化に違いがあることが判った。さらにそれに伴い蛍光分光パターンにも変化の現れ方の違いが確認できた。このことはタンパク質への影響の仕方の違いによるものと考えられる。その要因や、他の劣化方法ではどのような変化を示すかなどは今後の課題である。