レポート

クロチョウガイおよびアコヤガイ貝殻リップ部の干渉色と結晶層の厚さの関係 – 2011年宝石学会発表

1.背景と目的
真珠生産において、商品価値を左右する干渉色をコントロールすることは経済的に大きなメリットになります。一部のアコヤ養殖真珠現場では、青い干渉色の貝をピースに使うと赤系の干渉色を持つ真珠ができ、逆に赤い干渉色の貝をピースに使うと青系の干渉色を持つ真珠ができるということが経験的に知られているため、ピース貝の血統を作っています。しかし、現場ではなぜそのような反対の現象が起きるのか理由はわかっていませんでした。
これは貝殻が反射の干渉色を発現するのに対し、白色系真珠が透過の干渉色を発現することから説明ができると考えられます※1,2。ピース貝の持つ結晶層の厚さと真珠の結晶層の厚さが同じであるならば、その干渉色は補色の関係になるからです(図1)。しかし、実際の貝殻において観察される干渉色と結晶層の厚さとの関係を分析した例はありませんでした。

図1 貝殻と真珠の干渉色

そこで本研究では、第一にアコヤ真珠養殖で経験を基に行われている「ピース貝の干渉色に着目した選抜育種」の有意性を明らかにするため、アコヤガイ貝殻の結晶層の厚さから物理的に導き出される色と、目視観察における干渉色との相同性を調べることを目的としました。第二に“「ピース貝と真珠における干渉色の相関関係」を調べることを目標とした養殖実証試験の準備”のため、クロチョウガイおよびアコヤガイの「リップ部ピースの結晶層形成能の特性」を調べることを目的としました。

 

2. 材料
アコヤガイでは、干渉色が赤系と青系のものと、クロチョウガイでは貝殻の干渉色の強いものと、弱いものを使用しました。本研究では、貝殻のリップ部に着目していますが、貝殻真珠層の外縁で外套膜膜縁部に接している貝殻の中での最も輝きが強く、美しい部分を指します(図2)。ピースは貝殻を形成する外套膜から採取されますが、リップ部の貝殻を調べることでピース(外套膜)の結晶層形成能を知ることができるため、本実験において重要な着目点としました。

図2 貝殻模式図

 

3. 方法
貝殻リップ部を拡散光源上に配置し、サンプル面垂直軸に対し45度の角度から観察および撮影を行いました(図3)。

 

図3 撮影方法模式図

 

次に真珠層の表面から付加さ30μmの間の結晶層の厚さを測定しました。リップ部を成長方向に沿って、アコヤガイでは1mm感覚で、クロチョウガイでは50μm感覚で分析しました。干渉色に影響を与えているといわれる、表面より深さ30μmの結晶層の枚数を数え、結晶層の厚さを決定しました。そして、入射角θ=45°として、下記の式を用い干渉により強調された光の波長を求めました。また、干渉によって強められる光の波長を求める計算式から導かれた波長の近似色をグラフ上にプロットし、目視観察された干渉色と、結晶層の厚さから導き出された色合いとを比較しました。
  2dμcosθ´=nλ(n=1,2,・・・)
λ:光の波長
d:結晶層の厚さ
μ=1.68(アラゴナイトの屈折率)
θ´:屈折角(sinθ´=sinθ/μ)

 

4. 結果と考察
ⅰ)アコヤガイ貝殻リップ部の結晶層
アコヤガイ貝殻分析の結果です。目視観察にて青系の貝殻では、結晶層の厚さから計算式で導かれる色も青系になり、一方の目視観察にて赤系の貝殻でも計算式で導かれる色が赤系になり、それぞれ実際に観察される色と計算式の結果とが同じ傾向を示すことが分かりました(図4)。したがって、養殖現場でのピース貝選抜育種は、結晶層の厚さを反映した貝殻の干渉色を基準としていることが確認されました。そしてそのピースを用いて作られた真珠の干渉色が貝殻の補色になるということは、その真珠が貝殻と同じ結晶層を持つということを示唆しています。

図4 アコヤガイ貝殻の発現する干渉色と結晶層の厚さ

またアコヤガイではリップ部全体で結晶層の厚さが大きく変化せず、ほぼ一定の厚さを保っていました。結晶層の厚さが一定であることから、繊細にピースを切り出す必要はなく、従来の切り出し方法で問題ないこともわかりました。注意点として、同じ厚さの結晶層を持つ真珠は貝殻と補色の干渉色を発現するため、貝殻は補色を発現するものを選ぶことが重要です。

ⅱ)クロチョウガイ貝殻リップ部の結晶層
クロチョウガイ貝殻分析の結果では、リップ部の結晶層の特徴がアコヤガイと異なり結晶層は成長方向に向かって徐々に厚くなっていました。結晶層の厚さから計算式で導かれる色は結晶層の厚さの変化を受け大きく変化しており、目視で虹色に観察された結果と同様の傾向を示しました。したがってクロチョウガイ貝殻においても、観察される干渉色は実際に結晶層の厚さを反映していることがわかりました。リップ部外套膜が形成する結晶その厚さは、輝きの強い貝殻でも弱い貝殻でも同じように、成長方向に大きく変化することがわかりました(図5)。

図5 クロチョウガイ貝殻の発現する干渉色と結晶層の厚さ

またこの結果を受け、干渉色をコントロールするには、リップ部外套膜をさらに細分化してピースとする必要があると示唆されました。さらにクロチョウガイ真珠は反射の干渉色を発現するため、貝殻の干渉色を直接参考にしてピースの切り出しを行うことが可能です。

 

5. まとめ
アコヤガイ真珠養殖に行われている、貝殻の干渉色に着目したピース貝の選抜方法と、ピースの切り出し方法の有意性が示されました。クロチョウガイ貝殻のリップ部の外套膜は、成長方向に向かって結晶層の厚さの形成能力に大きな差があることがわかりました。“ピース貝と真珠における干渉色の相関関係”を調べるための実証試験において、リップ部をさらに細分化して分析する必要があることが確認されました。

 

※参考文献
1)小松博(2004)真珠の「てり」の成因と真珠層構造の相関について、宝石学会誌24,24-28
2)小松博、鈴木千代子(2004)真珠の上半球と下半球における光の干渉現象 ―「オーロラ効果」についてー 宝石学会誌24,29-37