レポート

淡水真珠にみられる分泌色素の変遷について(2015年宝石学会発表)

一般的に知られているパープル系、オレンジ系の色調とは異なる特徴的な色調を持つ有核淡水真珠について、着色の有無の確認と観察・分析を行ったので報告する。
試料は無核淡水真珠(パープル系、オレンジ系)、有核淡水真珠(濃パープル系、赤紫系)に分類し実験した【図1】。


【図1】左から無核淡水真珠(パープル系、オレンジ系)、有核淡水真珠(濃パープル系、赤紫系)

 

1.目視による検査
目視観察、顕微鏡観察等では染料等による着色の痕跡は認められなかった。
さらに強い光を真珠に直接当て光の透過を観察すると、無核淡水真珠では光が透過するのに対し、有核淡水真珠ではほとんどの試料で光の透過が見られなかった。蛍光観察においても無核淡水真珠は強弱があるものの蛍光が観察されたのに対し、有核淡水真珠では強い蛍光はみられなかった。色素が真珠層全体に分泌されているためにこのような結果が得られたと推定される。

 

2.機器分析
反射分光スペクトル測定では無核淡水真珠と有核淡水真珠とでは大きな違いは見られなかった。
また、顕微ラマン分光ではパープル系無核淡水真珠と有核淡水真珠においてアラゴナイト結晶由来ピーク(695cm-1、1070cm-1付近)とは異なる位置に2つのピーク(1100cm-1、1500cm-1付近)が観察される傾向がみられた【図2】。オレンジ系無核淡水真珠ではこの2つのピークは観察されなかった。この結果から有核淡水真珠はパープル系真珠の特徴を持つことが考えられる。さらにゴールド系シロチョウ真珠においては着色の場合ナチュラルよりも散乱強度が高くなることが報告されている(牧野ら:宝石学会,2014年)。しかし今回得られた結果からは両系統間での散乱強度の差は見られなかった。このことから今回の有核淡水真珠においては着色ではない可能性が示唆された。

【図2】無核淡水真珠(上)、有核淡水真珠(下)における顕微ラマン分光結果
矢印は1100cm-1、1500cm-1付近のピークを示す

 

3.断面薄片観察
一般的に着色の場合、色の薄い真珠に後から染料を加える為、ごく表層のみ色が濃くなっている。しかし今回入手した試料では表層から核付近にまで濃淡があるものの色素の分布が観察された【図3】。このことから着色の可能性は低いことが考えられ、非破壊検査を支持する結果となった。

【図3】有核淡水真珠(濃パープル系)の薄片

 

4.淡水真珠の色素分泌パターンの観察
全てのサンプルにおいて色素分泌は濃淡のリズムを繰り返す傾向がみられた。パープル系無核淡水真珠ではオレンジ系無核淡水真珠よりも色素の濃淡がはっきりしており、オレンジ系統とパープル系統の色素を分泌していた。オレンジ系無核淡水真珠では色素の濃淡の差があまりなく、全体的にオレンジ系統の色素が分泌していた。有核淡水真珠では両試料ともはっきりとした色素の濃淡の分泌パターンがみられた。 更にオレンジ系統とパープル系統の色素が確認でき、濃パープル系の真珠は赤紫系真珠よりもパープル系統の色素が多くみられた【図4】。
これらのことから淡水真珠の色調はオレンジ系統とパープル系統の色素の分泌量と時期が発現パターンに寄与しているという事が考えられた。

 

【図4】有核淡水真珠の薄片の拡大画像(bar:500m)
A:濃パープル系          B:赤紫系
矢印はパープル系統の色素を示す

 

5.まとめ
目視検査において着色の痕跡が認められなかったこと、薄片観察による色素の分布が表層から核付近にまで見られたことから、今回入手したサンプルに関しては真珠層形成時に分泌された色素であると判断した方が妥当であると考えられた。顕微ラマン分光からはパープル系の淡水真珠は1100cm-1、1500cm-1付近にピークが観察される傾向があるという結果が得られた。
また色素分泌パターンの観察から、淡水真珠はオレンジ系統とパープル系統の色素の分泌量が分泌時期によって変化することが観察された。この変化が淡水真珠の色調に寄与することが考えられた。

参考文献
GEMS & GEMOLOGY,Fall,2006,99