レポート

真珠母貝の非破壊鑑別法の改良:海水産と淡水産の判別(2022年6月文化財保存修復学会発表)

1.はじめに
真珠の母貝がもつ重要な情報である産地(淡水産と海水産)の判別には蛍光X線分析を用いたマンガン(Mn)とストロンチウム(Sr)の含有量の比較という方法が確立されている。しかし、近年みられる淡水真珠の特徴の変化や測定方法によっては元素分析だけでは判別が難しい事例がまれに確認され
る。そこで今回は淡水産と海水産の鑑別法を再検討した。

2.試料と方法
試料は淡水産真珠(産出貝不明)と海水産真珠(アコヤガイ産出)を用いた(図1)。各々近年採取されたとされる3ミリ以下の無核真珠を中心に目視観察、蛍光観察(365nm)、微量元素分析、蛍光分光法を用いた分析を行った。

3.結果
3-1.目視観察・蛍光観察
今回のアコヤ真珠と淡水産真珠において、外観の形状・真珠内の空隙などの特徴の差は認めらなかったが、アコヤ真珠の方が少し黄色い真珠が多かった。全般的には目視での判別は難しいところである。紫外線照射によりアコヤ真珠では全体的に黄色の蛍光を示すものが多く、淡水真珠は全体的に青~青紫色の蛍光を示した(図2)。そのため紫外線照射による蛍光の比較は有効な方法と考えられる。しかしながら、漂白されたアコヤ真珠では蛍光が青白色へと変化するので注意が必要である。


図1.実験に用いたアコヤ真珠と淡水真珠

アコヤ真珠      淡水真珠

図2.紫外線照射したアコヤ真珠と淡水真珠

 

3-2.蛍光分光分析
紫外線照射による蛍光の違いが確認できたので、その特性を調べるために励起波長220nm~650nm、蛍光波長230nm~800nmの範囲で蛍光分光スペクトル測定を行った。結果として海水・淡水両者の蛍光挙動に大きな違いは認められなかった。ケシサイズの真珠では十分な蛍光強度を得られていない可能性もあるため、直径5~8mm程度の大きさの未加工のアコヤ真珠と淡水真珠の蛍光分光スペクトルについても調べた。その結果、両試料群とも「280nm光励起・340nm付近の蛍光」が認められ、全体的な蛍光スペクトルパターンは類似していた(図3a,b)。この蛍光ピークは真珠内に含まれるタンパク質(「コンキオリン」と呼ばれる真珠に共通する構成要素)に由来すると考えられる。炭酸カルシウムとタンパク質以外に蛍光を発する成分がないのか、両者の違いについては今後の課題である。今回の分析からは3次元蛍光分光では淡水真珠とアコヤ真珠の判別にはまだ検討の余地があると考えられる。

図3.各種真珠の蛍光分光スペクトルパターン

左:a.未加工アコヤ真珠  右:b.未加工淡水真珠

 

3-3.ED-XRFによる微量元素分析
ED-XRF分析においてアコヤ真珠ではどの試料からもMnが検出されなかったが、淡水真珠では、MnとSrの両方が検出された(図4)。これまで淡水産真珠であるイケチョウガイ真珠は海水産真珠に比べてSrが少なく、Mnを多量に含むと報告されおり(和田・藤貫:「真珠の微量成分含量の支配因子」宝石学会誌,1988)、ED-XRF分析により淡水真珠はMnがSrよりも多く検出される傾向にある。今回の分析ではアコヤ真珠からMnが検出されないところからED-XRF分析で海水産と淡水産に分類することができた。しかし淡水真珠の中ではMnとSrがほぼ同量を示す試料や、Srの方が多く検出される試料が半数存在し、1個体ずつの検討では、判別が難しいケースが存在する。

図4 アコヤ真珠および淡水真珠のED-XRF分析結果

 

3-4.レーザーアブレーションICP-MSによる微量元素の定量

ED-XRFによる微量元素分析の結果から、MnとSrの含有量がほぼ同等、またはSrの方が多く検出された淡水真珠10個体についてICP-MSを用いてMnとSrの定量を行った。Mn含有量は淡水真珠の方が多量に含まれるが、Sr含有量はアコヤ真珠の方が多量に含まれている傾向が見られた。ただアコヤ真珠と同等の含有量を示す淡水真珠も確認された(図5)。淡水真珠を個体間で見てみるとED-XRF分析と同様にMnよりSrの含有量が多い真珠が含まれている。しかしMn含有量がアコヤ真珠と比べると多量であることで淡水真珠と判断できる。今回採用した手法は直径55m程度の微小レーザー痕を生じるため完全な非破壊法ではない。しかし孔口付近やキズの近くなど目立たない場所を測定するなどの工夫によってED-XRF分析を補完できる有効な手法と考えられる。

図5 ICP-MSによる微量元素の分析結果(測定:(株)中央宝石研究所)

 

4.まとめ
今回の研究を通じ、紫外線照射による蛍光挙動や蛍光分光スペクトルの活用、レーザーアブレーションICP-MS法を用いた両元素の分析結果も導入し、総合的に検討していくことでより精度の高い判別ができることがわかった。