レポート

浸水被害にあった真珠に発生した劣化について ー 2021年6月12日 宝石学会リモート講演会 

以前、真珠研究室だよりに少し書かせていただきましたが、当研究所では2020年に発生した豪雨によって被災した真珠製品のクリーニングを行っていました。今回はその被災にあった真珠に見られた劣化について報告したいと思います。
目視観察、集光装置を用いた観察ではほとんどの製品が表面が白濁化しており、さらに泥が付着している製品もありました(図1)。その他には表面に入った亀裂、加工キズ、真珠層や孔口の破損が確認できました。

図1 (左)白濁化している真珠 (右)真珠についた泥

次に白濁化している表面を顕微鏡で観察しました。通常の真珠では表面に結晶の成長模様が確認できます。一方白濁化している真珠の表面は成長模様が不明瞭になり、平坦部の反射光が減少していました(図2)。このことから、今回の白濁化は川の泥水などによって表面に凹凸が形成されたことにより見えていることがわかりました。

図2 真珠の表面の顕微鏡写真 (左):通常の真珠の表面、(右):白濁化している真珠の表面

観察結果から様々な劣化が確認できましたが、白濁化に関しては被災によって発生した可能性が考えられたので再現実験を行いました。シャーレに園芸用の土と水道水を混ぜたものと水道水のみを入れたものを用意し、真珠を浸漬させました。園芸用の土を混ぜたものはpHが弱酸性になることを確認しています。一晩浸漬すると両方の条件で白濁化が発生していました(図3)。さらに泥に浸漬にさせた方が白濁化がより顕著にみられました。真珠は炭酸カルシウムからできているので、酸に弱い性質があります。そのため泥水の方が反応が進んでしまったと考えられます。

図3 泥水、水道水に浸漬させた真珠と表面の顕微鏡写真

また、試料の中には丸い白濁痕という特徴も見られました。保管状況から宝飾ケースの接触面で生じたことが考えられました。そこで宝飾ケースを水で湿らせ、その中に真珠を入れて一晩静置し、その変化を観察しました。その結果、宝飾ケースの接していた面に丸い白濁痕が形成されました(図4)。このことは今回確認できた丸い白濁痕が、宝飾ケース内の湿った状態が長時間続いたことが原因で発生したことを示唆していると考えられます。

図4 湿らせた宝飾用ケースに入れて静置した真珠と表面の顕微鏡写真

以上のことから今回発生した表面の白濁化は浸水被害によって泥水を被り、宝飾ケースが長時間泥水に晒されたことが原因で発生した劣化であると考えられました。
修復作業に当たっては耐久性の有無を確認し、その後製品に応じてそれぞれの対応を行いました。十分な耐久性を持っている製品はその真珠の形や溶解以外の真珠の劣化状況をみながらパールリフレッシャーや研磨剤の入ったクロスなどで磨く処置を行い、一方薄巻きや真珠層・孔口破損の多い真珠など修復に耐えられないと判断した製品は、マイクロファーバーのクロスで拭くのみでとどめました。最終的には持ち主の了解を得て亀裂の入っているものや破損のひどい状態の珠などは外しつつ、元の状態に近い形状になるようにネックレスへと仕上げていきました。

図5 修復処理を行った真珠製品

今回発生した被災した真珠の劣化現象は、ほとんどが表面の白濁化であり、これは泥水などが宝飾ケースに浸水し真珠の表面を荒らして微小な凹凸を形成したことが原因であると考えらました。今回の劣化は表面の白濁化がほとんどであったこともあり、表面を磨いて荒れた状態の真珠層を取り除く修復処置を主に行いました。一方、他の割れやひびなどは真珠の加工時や日常の使用でも発生するため浸水被害が原因で発生したとは断定できませんが、今回の災害によって劣化が進行した可能性はあると考えられます。