レポート

真珠クレームカルテ 1 (月刊マルガリータ2009年4月号掲載)

1. 連載を始めるにあたって
当研究所では創設以来の20年余100件以上の「真珠クレームカルテ」を発行しております。これは真珠商品をめぐる様々なクレームについて科学的分析を行い、その現象の原因解明や責任の所在を推定する有料のレポートのことです。
本誌の2009年1月号で「真珠保存修復学の成立に向けての素描」なる小論を発表しました。その中で真珠の劣化原因とそのプロセス解明に恒常的に取り組むことは、このフィールドを学問にするための必須事項であることは述べました。この「真珠クレームカルテ」は、明らかにこのフィールドに関連する事項です。これを機に100以上のレポートを再編集して今月から連載として発表したいと思います。

 

2. 真珠のクレーム処理の基本について
実際の事例に入る前に基本的な現象について、ジュエリーコーディネーター検定2級テキスト掲載の「真珠のクレーム処理」を参考に、5つの基本的劣化現象について説明することから連載を開始いたします。

 

現象Ⅰ:光沢鈍化と修復
最も頻繁に起こるクレームの代表です。汗、皮膚分泌物、化粧品などの水分、油分で真珠層表面が溶けたために起こる現象です(図1)。この現象のほとんどは、真珠層のごく表層、1~2ミクロン程度のところでの凹凸により、反射光が散乱するために起こります。

図1 わずかに光沢鈍化した真珠

これを防ぐためには、「着用後拭いてから仕舞う」という真珠の手入れの鉄則をきちっと厳守することです。
またごく表層の凹凸ですから、真珠層を構成している結晶(炭酸カルシウム)層を数枚から十数枚はがせば、その下のきれいな結晶層が出てきますから修復は比較的簡単です。研磨材の混入したクロス等で表面をこするなどの方法があります(図2)。

図2 研磨材の入ったクロスで磨いた後の真珠

 

現象Ⅱ:変色と修復
真珠に起こる変色のほとんどは「黄ばみ」です。これは真珠層の構成成分であるタンパク質が、熱や光(紫外線)に長期間晒された結果起こる現象です。
黄ばみの修復は非常に難しいので、着用時以外は暗所保管という原則を守ることです。

 

現象Ⅲ:褪色と修復
褪色とは本来の色(実体色)が褪めて色が薄くなる現象を言いますが、真珠の場合次のように3つのパターンがあります。

ⅰ)染料の褪色
ほとんどのアコヤ真珠は伝統的にピンク色に薄く着色されています。ここで使われたピンク色の染料が、熱や光(紫外線)に長期間晒された結果褪色を起こします。この場合「黄ばみ」も同時に起こりますから、ピンク色が薄くなり、黄色みが濃くなるという結果になります。
この現象も修復は非常に難しいので、着用時以外は暗所保管という原則を守ることです。
※調色という。ネックレスの色合わせ様に開発された技術。一般の着色と区別し、エンハンスメントとみなされている。

ⅱ)ブルー系真珠の褪色
全体に黒ずんでいるアコヤ真珠をブルー系と呼んでいます。これは内部に形成された真珠層とは異なる有機物や稜柱層の黒みが真珠層越しに見えるために起こる現象です。
褪色はこの異質層が乾燥などにより収縮し、真珠層との間に空隙ができるために起こります(図3)。真珠内部に入った光がこの空隙で散乱現象を起こし、私たちの目には白く見えるため、「ブルーが白くなった」ということになるわけです。
この現象はアコヤ真珠だけでなく、白蝶真珠や一部の黒蝶真珠にも見られます。
生成した空隙を合成樹脂等で埋められればある程度修復は可能です。

図3 ブルー系真珠の褐色原因模式図

 

ⅲ)色素の褪色
淡水真珠やコンクパールの色素は熱や光で褪色しやすい性質があります(図4)。アコヤ、白蝶、黒蝶真珠には見られない色素固有の性質です。
この現象の修復も非常に難しいので、着用時以外は暗所保管という原則を守ることです。

図4 ピンクガイ貝殻色素の褪色

左:未処理、右:60℃、24H

 

現象Ⅳ:キズの発生と修復
真珠製品にキズが発生する原因は以下の3つが考えられます。

ⅰ)接触キズ
故意あるいは偶発的に真珠が硬いものとぶつかってできるキズです(図5)。この場合そのキズの深さにもよりますが、専門家による「削り」によってある程度の修復は可能です。

図5 接触キズ拡大図(×100)

 

ⅱ)隠蔽キズの顕在化
ひびやわれなどをシリコンや油等に漬けて故意に隠したものが、時間の経過で隠蔽の項かがなくなった場合がこれに相当します。モラル上の問題は別にして修復は不能です。

ⅲ)潜在キズの顕在化
潜在的に存在していた(目に見えない)真珠層内の欠陥が、時間の経過に伴い真珠の乾燥や膨張・収縮運動等により顕在化(目に見える)する場合のキズです。
潜在的欠陥とは、養殖タイプと加工タイプの2つがあります。養殖タイプとは真珠層内に養殖中にできる一種の不連続層や空隙を指し(図6)、加工タイプとは、加工の漂白工程でできるスポット、ひび、白キズ等を指します(図7)。
これらのキズは、基本的には修復不能ですが、合成樹脂等を含侵させることにより可能の場合もあります。

図6 黒蝶真珠に見られる白キズ

図7 アコヤ真珠の加工による白キズ

 

現象Ⅴ:われの発生と修復
典型的なわれは白蝶真珠に稀に見られます(図8)。真珠層全体の長期的乾燥、あるいは乾燥・湿潤の繰り返しにより、潜在的欠陥の上述養殖タイプが顕在化しわれになります。
この現象の修復は不能です。

図8 層われ

 

※※画像は当時のまま(2009年)