レポート

真珠クレームカルテ9 (2009年12月)

<うろこ>
“うろこ”と呼ばれるこの現象は、「見えない」というところに大きな特長があります。とよい直射日光にかざすとか、光透過法など限られた条件の下でしか見えないのです。真珠層で起きる一種の剥離現象ですが、「見えない」ということ、「軽微」であることから無視しえる劣化現象として扱われています。しかしこの現象を掘り下げてみると、真珠の様々な物性が見えてきます。

 

1.“うろこ”とは
①外観および構造
図1は、光透過法で見た“うろこ”です(図2)にその模式図を示しましたが、直径1ミリくらいの、全体が暗い灰色をした楕円形のリングです。リング部分はより濃い灰色です。
図3がその断面構造模式図です。表層50ミクロンから100ミクロン付近に発生した空隙のため全体がわずかに盛り上がっており、両端がそのしわ寄せで結晶層が乱れています。その空隙や結晶層の乱れが、透過光を吸収するため暗い灰色をしているわけです。

 

図1 うろこ(矢印)             図2 うろこの模式図

図3  うろこの断面模式図

②成因
真珠を乾燥した後、水漬けをすると“うろこ”は急増します。このことから表層部の乾燥⇒湿潤(収縮⇒膨張)で起きることが分かります。この点については前号「クレームカルテNo.8」掲載の図8「を参照してください。
浜揚げ珠や未加工珠にも稀に見られることから、広い意味での真珠層の膨張・収縮運動により、結晶層の不連続部分にたまるひずみ(ストレス)に起因するといえるでしょう。

 

2.“うろこ”が引き金で起こる劣化現象
「見えない」から無視しえる劣化現象と前述しましたが、次に述べるような、“うろこ”の存在が引き金となってより規模の大きい劣化現象が起きる可能性はあります。
① “うろこ”の剥離
図4に“うろこ”の発達段階を模式化してみました。最後は“うろこ”のように剝がれてしまいます。この場合は肉眼でも十分見えるキズになります。

図4 うろこの発達段階模式図

② “うろこ”から「ひび」へ
いくつかの“うろこ”が連結し合って一種の「ひび」を形成することが確認されています(図5)。詳細なメカニズムは不明ですが、加工工程の中で起きることが推察されます。

図5 うろことひび

③ “うろこ”から「白キズ」へ
この場合も“うろこ”の連結・集合の結果だと思いますが、「白キズ」が形成されることが推察されます(図6)。

図6 うろこが連結したような白キズ

 

3.真珠の湿度調整保管の必要性を示唆
広い意味での真珠層の膨張・収縮運動により、真珠層にはひずみ(ストレス)が発生することを“うろこ”は立証しました。このことから真珠層の膨張・収縮運動をどう抑えるかという課題が提起されます。絵画や文化財の分野で広く活用されている「湿度調整剤」の真珠への適用がこの課題に対する解答です。
「湿度調整剤」とは、シリカゲルに特殊な処理を施すことにより湿度調整の働きをさせる薬剤のことを言います。その雰囲気内が乾燥してくると、自分の保有する水分を放出して感想をくい止め、逆に湿気てくると空気中の水分を吸収する働きをします(図7)。

図7 湿度調整剤のメカニズム

 

4.“うろこ”が物語る、真珠内の光の透過と反射の挙動
“うろこ”はほとんどの真珠に見られる“普遍的”ともいえる現象です。興味深いのはクロチョウ真珠で観察された“うろこ”です。外観、構造はアコヤ真珠とある一点を除いて全く同じです。成因も同じだと思います。
ある一点とは、黒蝶真珠の“うろこ”は白いリングなのです。真珠層が黒白逆転しているように“うろこ”も逆転しているのです。
この意味することは次の通りです。アコヤ真珠の“うろこ”を私たちは、真珠内部を透過してきた光で見ているのです。透過光は“うろこ”を内部の空隙や乱れで散乱しますから、暗く見えます。ところが黒蝶真珠は黒い為、光は透過しませんから、私たちはそれを反射光で見ているのです。反射光は、内部の空隙や乱れで散乱しますから、白く見えるわけです(図8)。

図8 濃色真珠に見られるうろこ模式図

 

※画像および内容は当時のまま