<薄まき珠の功罪を考える>
これまで事例研究として、様々なクレームを通して真珠の劣化現象を分析してきました。ここでこの方式を小休止して、本質論的なことを掘り下げてみたいと思います。今回は「薄まき」について考えてみます。
1. 薄まきとは
核の上にどのくらい真珠層が巻いているか註1、その厚さを「まき」といいます(図1)。例えばタヒチ政府は、自国産出の黒蝶真珠について0.8ミリという基準値を案出し、それ未満のまきについては輸出させないという制度を設けています。したがってタヒチの黒蝶真珠については薄まきとは0.8ミリ未満ということになります。
図1
日本のアコヤ真珠では、「官製はがき」の厚さ以下という商慣習があります。ちなみに官製はがきの厚さは実測してみるとすべて0.25ミリです。
註1:養殖真珠の内部は、有機物の層や稜柱層などが真珠層と共存している場合が多いのですが、そういう混在層を含めるのか、真珠層のみを指すのか、「まき」は定義化されていません。本論では後者を指すことにします。
2. 薄まきの功罪
① 功罪そのⅠ:核の縞模様が透けて見える
明るい所で真珠を見たとき、核の縞模様註2が透けてみえるようでは宝飾品としては失格です。縞模様が真珠の美観を妨げると言ってよいでしょう。
当研究所が開発した透視ライトの上に真珠を載せて真上から見ますと、まき厚0.3ミリ以下になりますと明瞭に縞模様が見えてきます(図2)。また実験の上でも0.3ミリという値は、真珠層の透明性と不透明性を分ける一種の屈折点にあたることを証明しています(図3)。
註2:核は淡水の”ドブガイ“貝殻真珠層から作られるので、特有の方向性を持つ縞模様が必ず存在します。
図2 光透過法で観察した様々なまき厚の真珠
図3 真珠層の厚さと透過率
② 功罪そのⅡ:耐久性が低下する
このことはなかば定説化されていますが、若干の疑問を筆者は抱いています。極端な薄まき(例えば0.1ミリ以下など註3)は別にして、上述の透明性にみられるような、耐久性の屈折点などはないからです。むしろ加工過度による真珠層の脆弱化の方が耐久性からいって問題があると思います。
註3:0.1ミリ以下になると内部の稜柱層や核のわれが真珠層の株に伝播したとき、そのまま真珠層のわれになる可能性があります。
③ 功罪そのⅢ:干渉色が薄くなる
筆者はこれが薄まきの最大の弊害だと考えています。詳述しましょう。真珠内部に入社した光は、内部ではん謝して外に出てくるのですがそれは大別しますと2種類あります。ひとつは真珠層表層で反射し、光の干渉を伴って出てくる干渉光です。いまひとつは真珠層を透過して核に当たり出てくる核の反射光です。まきが厚ければこの反射光は真珠層で大部分が吸収されてしまうのですが、薄ければそのまま出てきます。
例え表層部できれいな干渉色が作られたとしても、核からの白い反射光がそれに混ざるのですから、結果として干渉色は薄められてしまいます(図4)。いうなれば、露出オーバーで色の薄くなった写真のような現象が起きるのです。
図4 模式図
④ 功罪そのⅣ:調色やナチュラルブルーは色が映える
内部の核の上にピンク色の染料が付着している場合(調色の例)や黒褐色の有機物が存在している場合(N.ブルーの例)、上述の反射光はその色を伴って出てきますから、その色はあつまきより薄まきの方がより映えるということになります。薄まきの唯一の「功」ということでしょうか。
3. アコヤ真珠の理想的まき厚とは
「薄まきは駄目、厚まきは良し」という短絡的とらえ方註4ではなく、上記Ⅰ~Ⅳの功罪を踏まえた、換言すれば「功」を活かして、「罪」を押さえる理想的厚さはどのくらいなのかを事実と実験によって探ることがこれからの課題ではないでしょうか。
註4:グローバル化の時代を迎え、日本産アコヤ真珠をブランド化するためには、CIBJOの 議論に見られるこの種の短絡的意見の克服は必須のことと思います。
内容、画像ともに当時のまま