真珠に見られる異質層の中に“稜柱層”と呼ばれるものがある。“稜柱層”が形成された真珠は、経年変化によりその部分から亀裂を生じる、あるいは剥離を起こすなど劣化を起こしやすい。そのため“稜柱層”は真珠の重大な欠陥と言っても過言ではない。この“稜柱層”と呼ばれる異質層は褐色や白色の不透明な層の総称であり、様々な形態のものが見られる。今回の発表では様々な形態の“稜柱層”と総称されるものについて、その構造を調べた。
本来“稜柱層”とは、二枚貝や巻貝の貝殻を形成している構造の一つのことである。その構造は多角形の柱状の構造が貝殻表面に対してほぼ垂直に並んだものであり(図1)、表面から観察すると垂直に並んだ柱状の構造が蜂の巣状(図2)に見える。また紫外線を照射すると外壁を構成する有機基質が黄色や赤の蛍光を出す特徴を持つ。
図1 稜柱層断面 (電子顕微鏡画像500倍) 図2 稜柱層表面 (光学顕微鏡画像100倍)
“稜柱層”が真珠に形成される原因には二つのことが考えられる。ひとつは外套膜の切片(ピース)に外套膜縁部が混入することである。外套膜縁部は外套膜の一番外側にあり、稜柱層を分泌する器官である。この部分はピースを切り出す際に除去されるが、何かしらの理由でこの部分が残りそのまま挿核されることで、稜柱層を形成する。
もうひとつの原因として考えられるのは真珠袋を構成する外面上皮細胞の分泌異常である。真珠袋の細胞は刺激により分泌異常を起こすと考えられており、これにより“稜柱層”が形成されるのである。ただし、この分泌異常については真珠層内に形成された異質層が存在から推測されるものであり、具体的なメカニズムについてはまだ解明されていない。
資料として浜揚げ珠より様々な“稜柱層”が見られる珠を選出し、観察を行った。観察方法は表面と断面の拡大観察、蛍光の観察である。その結果、構造に特徴が見られた三種類についてまとめた。
①表面に褐色の“稜柱層”が露出している真珠(図3)
表面は蜂の巣状の構造が確認でき、断面からははっきりとした柱状の構造が確認された(図4)。また紫外線による蛍光では黄色みを帯びた蛍光が確認された。このような特徴からこの真珠に見られる“稜柱層”は、貝殻の稜柱層と非常によく似た構造をしたものであった。
図3 稜柱層が露出している真珠 図4 稜柱層部断面 (電子顕微鏡画像)
②生産現場でドロ珠や稜柱珠と呼ばれる濁った外観をした真珠(図5)
表面には異質な層の露出しておらず、断面から観察すると層の途中に異質な層が幾層にも渡り形成されていることが確認された。さらに電子顕微鏡で確認したところ、この異質な層は小さな柱状のような構造をしているものの、貝殻の稜柱層と比較すると若干の違いを有する構造であった(図6)。
図5 “どろ珠”と呼ばれる真珠 図6 図5真珠の断面 (電子顕微鏡画像500倍)
③表面に白色の“稜柱層”が露出している真珠(図7)
表面は細かい粒状の構造をしており、断面からは特徴的な構造が確認されなかった。また電子顕微鏡で高倍率にして観察したところ、層状のような構造が確認された(図8)。しかしその構造は真珠層と比較して、一つ一つの結晶がはっきりと確認できるものではなかった。貝殻の稜柱層とは明確に異なった構造をしていると考えられる。
図7 白色の稜柱層が露出している真珠 図8 図7真珠の白色部断面 (電子顕微鏡画像)
以上の観察結果より、“稜柱層”と呼ばれている異質層の中には柱状の構造ではないものも確認された。 “稜柱層”と総称しているが、文献※によれば不規則稜柱構造、混合繊維構造、放射状稜柱構造等々さまざまな形態がある。
また、稜柱層には今回紹介した以外にも様々な形態のものが存在する。これらについても今後調べると共に、稜柱層の形態と真珠の劣化の関係についても調べていく予定である。
最後に“稜柱層”は真珠の劣化を引き起こす大きな原因であり、その発生は真珠のシミやキズと関係していることが非常に多い。このことから真珠養殖の段階で“稜柱層”の形成を抑えることができれば、真珠の品質向上につながるものと考えられる。この点も踏まえて当研究所では、真珠養殖の品質向上の一つの重要な切り口として今後も“稜柱層”について研究を行っていく予定である。
※魚住 悟等 「二枚貝における殻体構造の進化」軟体動物の研究より