私事で恐縮ですが、今年、私は大航海時代の真珠史研究で博士号(文学)を取得しました。真珠史研究による博士号は日本で初めてです。また、2021年度の第36回大同生命地域研究特別賞も受賞しました。受賞理由のひとつは、『真珠の世界史』(中公新書)などの執筆活動で、「美と富を求める人類史としての地域研究の探求」を行い、日本の養殖真珠を国内産業史の枠を越え、グローバルヒストリーとして位置付けたことでした。このような機会ですので、今回はなぜ私が真珠史を研究するようになったのかをお話したいと思います。
最大の理由は、南米のベネズエラに住んだからだと思います。これまで真珠に関する多くの本は、主に真珠業界の人が書いてきましたので、ベネズエラとの係わりで真珠史研究に入った著述者というのは珍しいかもしれません。
ベネズエラといえば、日本では産油国あるいはビューティ・コンテストの常勝国というイメージがあるかもしれませんが、地球最後の秘境として知られるギアナ高地も有名です。ここには、世界最大落差の滝のエンジェル・フォールズが存在します。私は家族の都合でギアナ高地の観光拠点の町に暮らすことになりました。
当初、私はベネズエラには人跡未踏の地がまだ多くあり、語るべき歴史はそれほどないと思っていました。しかし、次第にこの国にはさまざまな重要な歴史があることがわかってきました。そのひとつがベネズエラの真珠をめぐるスペイン人の侵略でした。実際、16世紀の大航海時代は、ベネズエラの真珠の発見が促進したといっても過言ではないのです。私はそうした歴史を調べ、『黄金郷(エルドラド)伝説』(中公新書)として出版しました。
その後、取り組んだのが『真珠の世界史』でした。大航海時代において真珠がこれほど貴重ならば、養殖真珠の発明は日本人の偉業であり、西洋の価値観を壊した興味深い事例になるのではと思ったのです。私自身は養殖真珠の開発者たちの楽しい話が書けると思っていたのですが、蓋を開けたら、真珠の特許をめぐる争いや複雑な人間関係があったことに驚きました。しかし、養殖真珠の歴史は、アコヤ真珠に恵まれた海をもつ日本人だからこそ成し遂げた実績に変わりはありません。
私はそのアコヤ真珠に焦点を当てた真珠史の研究をしたいと思い、博士論文に挑戦しました。奇しくも博士号を取得した直後に大同生命地域研究特別賞も受賞しました。今は博士論文をベースにした真珠の本を執筆しています。ポルトガル海軍とイエズス会がインドのアコヤ真珠獲得のために協力した意外な話も披露しています。という訳で次回の本もご期待下さい。
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パールワンダー6 ー真珠史研究のきっかけ