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コラム

保存科学の視点から – 第7回 法隆寺「国宝・救世観音」の白毫の素材(2)承前

2021年7月20日・22日にNHK/BSとBS8Kで放映された「見たことのない文化財~国宝・救世観音」に出演しました。ご覧になった方もおられると思います。第1回では、救世観音の「白毫」のことや奈良・正倉院での真珠調査について記しました。第2回は、正倉院宝物のなかにアワビ真珠を見つけたことや、白毫がアワビ珠である可能性や8K技術について述べます。

3.正倉院宝物にアワビ真珠をみつける
主な調査対象となった「礼服御冠残欠」(図3)は、天皇・皇后が儀式で使用した御冠が鎌倉時代に壊れてしまい、装飾に用いられたガラスや金属等に加え、真珠もバラバラになってしまった状態で保存継承された遺品です。3830個の真珠のほとんどは海水産アコヤ貝産真珠と同定しましたが、一部には巻貝産、とくにアワビ真珠と推定される真珠を数個確認しました。これらはアワビ真珠特有の色調や光沢を示し、また表面の組織構造は、図4左のようにブロックの集合からなる表面構造が観察され、これは巻貝産真珠構造(図4中・右)と符合しました。なかでも最大の個体は、図3の赤枠の箱にあった直径約15mmの扁平な真珠(〇印)でした(図5)。先述のように、筆者は顕微鏡下で観察したこの真珠のことを明確に覚えており、今回見直したところ、調査時に撮影したビデオにも映像が残っていました(図6)。さらにアワビ産真珠には大小や形状、色彩の違い、光沢の多寡などさまざまな様相が窺えます(図7)。

図3 「礼服御冠残欠」の一部(北倉157-4)(正倉院HPより)

図4 (左)アワビ真珠と推定された最大個体の表面模様(200倍)、(中)巻貝真珠層の表面(400倍)、(右)その走査電子顕微鏡像


図5 図3の赤枠で示した箱の拡大(正倉院HPより)

図6 直径約15mmのアワビ産と推測された真珠(調査時のビデオよりキャプチャ)


図7 アワビ産真珠の数々(GIAのHPより引用)

これらの情報から、筆者は救世観音の白毫がアワビ産真珠の可能性が否定できないと考え、番組の中で、あくまで推察としたコメントを述べました。白毫の顕微鏡拡大観察や蛍光X線分析が可能となり、素材としての真珠の確定ができるのは、次の遠忌、たぶん50年後あるいは100年後かもしれません。救世観音を厳格に秘仏とする法隆寺の姿勢が、1400年もの間この第一級の国宝を大切に守ってきました。この事実に感動を覚えます。今後も貫いて欲しいです。

 

4.最新技術がもたらす未知の世界
最後に、今回の出演で初めて知った最新の映像技術「8K+3Dの合成によるCG」について記します。現在われわれがデジタル放送で観ているのは約207万画素ですが、8Kは3318万画素で、約16倍の高精細かつ豊かな表現力をもつカラー画像を提供します。さらに3Dスキャナーによる計測データとの合成CGは、細部の拡大観察だけだけなく、二次元にもかかわらず立体視も可能とします。映画館で大画面を見ているような臨場感や没入感をもてる映像・画像は、8Kモニターを見るわれわれに不思議な感覚をもたらしてくれます。この技術は今後の文化遺産の公開活用を支援することでしょう。筆者は出演した番組の意欲的なプロジェクトに可能性を強く感じました。今のところ美術史のテーマが主ですが、遺産科学・保存科学側からも是非アプローチしてみたいです。それにしても最近の超高精細映像やロボット、シンクロトロンや人工知能など続々登場するイノベーション技術は、これまでは不可能だったことを可能にし、未知の世界に導いています。きっと想像もしなかった重要な発見を与え続けてくれると思います。

今回の番組取材に際して、宮内庁正倉院事務所の中村力也調査室長、同前保存課長の成瀬正和氏に大変お世話になりました。また㈱真珠科学研究所の佐藤昌弘社長、矢﨑純子副社長にもご協力いただきました。この場をお借りして深く感謝を申し上げます。

(参考)東京国立博物館では、『8Kで文化財 国宝「聖徳太子絵伝」2021』と銘打ったイベント(下記URL)が開催されました。タブレット端末を操作することで絹本資料の糸1本1本まで観察できます。この資料は著しく劣化が進んでいて触ることが憚れるため、実物によらず代役の8K画像を使って資料のいろいろな調査が実施可能です。
https://www.tnm.jp/modules/r_event/index.php?controller=dtl&cid=5&id=10616