<「真珠が溶ける」、この現象を追跡する>
真珠に関するクレームの大半は、汗や化粧品起因の「真珠が溶ける」現象です。本号ではこの現象について、そもそも「溶ける」とはどういうことなのかという観点から掘り下げてみました。なお詳細については当研究所発行の『真珠メンテナンス論序説』をご参照ください。
1.前提(基本)
図1が真珠層断面の拡大模式図です。炭酸カルシウムの微結晶がタンパク質シートに囲まれて、ちょうど煉瓦のように積み重なっています。図2は真珠層の表面拡大図です。この2つの図と、炭酸カルシウムとタンパク質という2つの成分を把握することがまず基本です。
図1 真珠層構造断面模式図
図2 真珠層表面拡大 上:100倍、下、5000倍
2.溶ける(溶解)とは
炭酸カルシウムが酸で溶けるということを化学式で表わすと以下の式になります。この式でCaCO3が炭酸カルシウム、H+が酸を表します。カルシウムイオン(Ca++)は塩化カルシウム(CaCl2)や硫酸カルシウム(CaSO4)などのカルシウム塩になりますが、重要なことはこの反応で炭酸ガス(CO2)が発生することです。
CaCO3 + 2H+ →Ca++ + CO2 + H2O
今一つ大切なことはアルカリでも真珠層は溶けるということです。これは真珠層構成成分であるタンパク質はアルカリで溶ける性質があるからです。図3と図4に酸、アルカリでの溶ける現象を示しました。酸に比べるとアルカリの方が時間はかかりますが、溶けることがお分かりだと思います。
図3 酸性溶液中の真珠層表面拡大画像とその模式図
図4 アルカリ性溶液中の真珠層表面拡大画像とその模式図
3.酸のpHと溶けかたの違い
図5にpH1~6までの溶液に漬けた時の真珠層表面の変化を観察した実験結果を示しました。強酸と弱酸の違いが明瞭にわかります。
図5 酸性溶液中の表面変化
4.酸での溶けかたのプロセスについて
液体の酸ではなく、酸性のガスの中で真珠層がどのように溶けていくかを模式図的に表したのが図6です。微小な酸性の露が表面に付着し、その付近が溶け始めます。やがて露どうしが合体してより大きな露になり、その周辺がより広く、深く溶けていきます。おもしろいことはこのプロセスは液体の酸での溶けかたでも同じなのです。
図6 酸性ガスの中での真珠層模式図
5.溶けることに伴う二次作用
この二次作用については以下の重要事項があります。
① 表面が溶けて一種の浸食孔ができますと、この浸食孔は時間の経過と共により深くより大きくなっていきます。このことは垂直方向と水平方向に溶けていくことを示しています。
② さらに上述した炭酸ガスの発生があります。気泡として表面に付着している場合は、溶けることへのガード役をしますが、浸食孔の中にたまりますと孔の拡大や真珠層の崩壊などマイナス面として働きます。
③ 溶けかたが緩やかな場合、上述のカルシウム塩が結晶化(再結晶)し、真珠層表面を覆って、溶けることへのガード役をするっ倍もあります。
6.謎の生物溶解
溶けかたの基本的パターンは図6で示しましたが、形態的には大きな浸食孔の周りに小さな浸食孔が散在し、孔そのものはすり鉢型をしています。ところがこの基本パターンと全く異なった浸食孔を真珠表面で観察する場合が稀にあります(図7)。“生物溶解”と呼んでいるものです。詳細は不明ですが、衰弱などの緊急手段として、細胞が直接真珠表面からカルシウムを接種した痕跡ではないかと思われています。
図7 生物溶解と呼ばれる現象
※内容、画像共に当時のまま