<クロチョウ真珠の赤変現象(実験レポート)>
先日、旧知の小売店経営者の方から、クロチョウ真珠の変褪色についてご質問がありました。購入時には黒かったのが赤くなってしまったというのです。この真珠についての経年変化はほとんどないと思っていましたので、その実態について以下の実験を行いましたので報告いたします。
「クロチョウ真珠の加熱による変褪色の考察」
1. はじめに
クロチョウ真珠の実体色については、その分光反射率特性から赤褐色、緑褐色、黄褐色の3種の色素の存在を推定しています。また赤松、岩橋はウロポルフィリンⅠを検出しています※1。一方その経年変化については、1999年の宝石学会日本の講演会で河村らは、光照射による観察では、日光堅牢度は極めて高いことを研究発表※2しています。また2009年の宝石学会日本の講演会で、渥美らは加熱により黒色が茶色に変化することを発表しています※3。
2. 実験
2-1:供試サンプル
クロチョウガイ貝殻リップ部より切り取ったブラック、レッド、イエローの3種の貝殻片および黒色の真珠、褐色化した真珠。
2-2:加熱条件
恒温槽にて150℃、30分、60分の加熱変化を分析。
2-3:測定法
分光反射率特性から、クロチョウ吸収の変化及び色度変化を分析。貝殻薄片の顕微鏡観察も行いました。
3. 実験結果
核分光反射率特性を図1~4に示します。なお分光特性から色度特性を算出した結果を表1に示します。
4. 考察
4-1:分光特性からの変化
クロチョウ吸収の変化を見ると、700nm、500nmの吸収が弱くなっていますが、とりわけ500nmが顕著です。分子構造上の加熱による変化が反映していることが推察できます。
スペクトル全体を概観すると、①反射率が上がっていますから、より明るく(白く)なっていることと、②600nm付近が最も反射率が高くなっていることから赤色が強くなっていることがわかります。図5の貝殻薄片の透過顕微鏡写真は①を裏付けています。
図5 レッド系貝殻薄片
(下:加熱前、上:加熱後)
4-2:色度分析
各色度特性の中からマンセルの三属性H(色相)、V(明度)、C(彩度)に着目しますと、H(色相)の変化が顕著で、V(明度)、C(彩度)の変化は微小です。そこでHとCの2次元図を描いてみたのが、図6です。すべての点が赤方向へ向かっているのがわかります。上述4-1の②の分析結果を裏付けています。
図6 加熱によるH,C変化図
4-3:「赤変化現象はなぜ起きたか」を考える
本実験では150℃という非日常的高温で赤変化を起こさせ、それを分析しました。購入した真珠がこのような高温に晒されることは普通では考えられません。
考えられることは以下のように3つあります。
① 真珠層の薄まきが原因
タヒチ政府は0.8ミリ以下のクロチョウ真珠は輸出を禁止しています。しかし何らかの理由でこれらの薄巻き真珠が市場に出た場合、層が薄いため温度変化に敏感なこれらの真珠は、赤変化現象を起こしやすいことは十分に考えられます。
② 恒常的に高温下の環境に置かれていたことが原因
前述した渥美氏の研究では、60℃、30日間で赤変化現象が見られることが報告されています。ショウウインド内でのハロゲンランプ証明では起こり得る条件です。
③ 何らかの“前処理”が原因
加熱処理などで一時的に輝きが上昇する、一種の“前処理”が施された場合、②で述べた潜在化⇒顕在化ということも考えられます。
以上
※1:岩橋、赤松「Porphyrin Pigment in Black-Lip Pearls and its Application to Pearl Inentification」日水誌、60,1(1994)
※2:河村ら「黒蝶真珠の耐光性についての考察」宝石学会日本総会講演会(1999)
※3:渥美ら「真珠と貝殻を加熱することによる色調の変化についての考察」宝石学会日本総会講演会(2009)
※内容、画像ともに当時のまま